2004年08月02日

小泉がダメな理由〜構造改革の本質

小泉首相の言う『構造改革』の本質をわかりやすく論評されていると思います。

ビル・トッテンからのレター(Our World)
題名:No.618 「勝ち組」「負け組」

最近あらゆるものを「勝ち組」と「負け組」に分類することがはやっているようだ。集団で行動することを好む日本人が、勝っても負けても一人よりは集団でいるという安心感を持ちたいのであろうか。しかしスポーツやゲームならいざしらず、人々が一つの国のなかで、または一つのコミュニティーのなかで勝ち続けることはありえない。いつか、どんな形にしろ反動は起きるはずである。

(ビル・トッテン)

「勝ち組」「負け組」

 小泉政権が行おうとしている構造改革は、結果的に日本をアメリカのように一握りの金持ち階級と圧倒的多数の低所得層にするものだが、これは国民の手で阻止することができると私は思っている。その政策をとろうとする政治家を国民の手で落選させればよいのである。民主主義社会においてそれは不可能なことではない。しかしそのためには国民が自分たちの持つ力に気づく必要がある。そのような行動をとることもなくただ従順に勝ち組と負け組という新たな階級社会をつくり、その中で負け組として幸福な人生を目指すのでは、日本という国が衰退に向かうことは避けられないであろう。

 世界でもっとも早く衰退に向かっている国はアメリカである。かつてアメリカンドリームという言葉があった。しかし今では貧しい者はどんなに一生懸命働いても、一生その貧しさから抜け出すことはできなくなった。そして、地位や権力、財産といった社会的、経済的なステータスが親から子供へ継承される傾向は30年前よりも強まっているという。アメリカの“ビジネスウィーク誌”に掲載された調査によるものだが、所得や富の不均衡を示す統計とあわせるとアメリカという国が階級社会になっていることは明白である。

 しかし、たとえ雑誌がそれを記事にしようとも、読者のほとんどが「勝ち組」であれば、その現状を打破しようという動きがでることもない。そして階級の不均衡を強化する策に対して批判でもすれば、「階級闘争を行う者」だと逆に非難をされかねない。

 アメリカも1920年代まで大きな貧富の差が存在した。その国に中流階級社会をもたらしたのはニューディール政策だった。世界大恐慌の後、労働法を強化して労働者を保護し、組合を認めて賃金を上げ所得格差をせばめて富を再配分し、豊かな国内市場を築いていった。この政策は30年以上続き、強い労働組合、相続税・法人税・所得税への課税、そして企業経営に対しては今よりも社会の厳しい目が向けられていた。しかしレーガン政権になってこの経済秩序は完全に終わりを迎えた。

 アメリカは1973年から2000年で米納税者の下から90%の実質所得の平均は7%減少したが、上位1%は148%、最上位0.01%については599%も実質所得が増加した。これらはすべて、所得税、相続税や贈与税などの減税という、富裕者層を優遇する政府のさまざまな施策強化がもたらしたものである。日本もまさに同じ道をたどっている。

 昨年の総選挙で自民党は「530万人の雇用創出プログラム」なるものを公約に盛り込み、サービス業だけで2000年から3年間に155万人も雇用が増えたことを誇示した。しかし統計をみれば増加しているのは非正社員、つまりパートやアルバイト、派遣や契約社員が3分の2を占めている。正社員とて安穏としてはいられない。すでに少なからぬ数の企業が諸手当を廃止し、成果主義を強化する策をとっている。

 成果主義とはあいまいな評価方法に加え、報酬と成果を比例させる仕組みであるから、一般社員を抑えて一部の社員に高額の報酬が向けられ、したがって格差はさらに大きくなる仕組みである。このように弱い企業や労働者は切り捨てられ、一握りの「勝ち組」だけがさらに富を手にするような社会構造になっていく。

 富や、地位、権力の継承といえば、ブッシュ大統領、小泉首相に加えて、安倍晋三自民党幹事、福田康夫官房長官、石破茂防衛長官と、選挙地盤と富を継承した多くの二世(三世)議員が要職を占めている。衆議院では三割近く、自民党では世襲議員が四割にもなるという。北朝鮮と違って選挙によって選ばれていると反論されるだろうが、地盤と富を継承した二世候補者が一般の候補者と自由競争で議席を争ってはいないことは明らかである。

 自民党の保守派は「自由競争」や「市場経済」を標榜しながら、実際は自分たちに特権を与えるような独占や政府の介入を求めている。彼らが保守したいものとは今の社会、すなわち親から継承した地位や財産を維持できるこの経済・社会体制なのだ。そして自分たちが永遠の「勝ち組」でいるために、相続税、贈与税、高額所得者の所得税減税という施策をとる。そして不足する税収分は消費税をさらに増税して、負け組に広く負担してもらおうというのである。
posted by PPFV at 13:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月01日

被害者の気持ちと加害者の態度

「被害者の気持ち」と「加害者の気持ち」には大きな隔たりがある。

とかくクローズアップされる少年犯罪報道について色々調べる中で
このことを大いに考えさせられたことも大きな収穫です。
加害者は忘れられても、被害者は忘れられない。しかし、被害者が唯一癒されるとしたら、それは賠償額の多寡などではなく、「加害者の気持ち」がどこまで「被害者の気持ち」に近づけるか、あるいは近づけようとする努力が垣間見えるか、ということではないかと思います。

戦争責任に関する日本の態度にも大いに反省すべきところがあります。

晴天背景さんの逆立ちしている脅威論
愛を知らなければさんの水に流せない

日本の再軍備論は「被害者」を前にした「加害者」が仕返しを恐れてナイフを構えるようなものです。「被害者」の気持ちは察するに余りあります。
posted by PPFV at 23:17| Comment(7) | TrackBack(0) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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