2006年04月02日

[毎日新聞]縦並び社会・格差の源流に迫る:ブレーキなき規制緩和

縦並び社会・格差の源流に迫る:ブレーキなき規制緩和(毎日新聞2006/4/2)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060403k0000m040022000c.html

 03年12月16日、前身の総合規制改革会議。「官」から「民」への一環として取り上げられた労災保険の民間への開放をめぐり、委員の清家篤・慶応大教授が反対を唱えた。「セーフティーネットを弱体化させかねない」

 民間に委ねて労働者への補償が不十分になった海外のケースを列挙し、会議の答申案から削除するよう求めた。

 多数を占める賛成派の委員が反論した。「当会議はメンバーが一致団結していく伝統がある」

 小泉純一郎首相に提出された第3次答申には「労災保険の民間開放」が盛り込まれた。清家委員は次期会議に切り替わる際、委員に選ばれていない。国鉄や電電公社の民営化にも関わった議長代理の鈴木良男・旭リサーチセンター会長は言う。「われわれの思った通りじゃない人の席は消えていく」

 翌04年秋、今の会議の教育・研究作業部会の委員に内定していた飲食店チェーン「ワタミ」の渡辺美樹社長が突然、「解任」された。学校経営の規制緩和による株式会社の参入について「株式会社は利益の株主還元を優先するため不適当」と持論を変えなかったためだった。

 異論を排し、規制緩和へ突き進む「宮内会議」。それは首相の後ろ盾なくしては成り立たない。



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[東京新聞社説]“自由”を問い直す

週のはじめに考える“自由”を問い直す(東京新聞社説2006/4/2)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060402/col_____sha_____002.shtml
メディアの役割をしっかりと果たしているいい社説だと思います。

 一般の国民と同じように内閣総理大臣にも心の自由があり、自分の心に従って行動してもよい。これが首相の展開する論理です。

 しかし、国王の権力を法の力で制限しようとしたのが近代憲法の淵源(えんげん)です。憲法が保障しているのは「権力からの自由」であり、権力者の自由ではありません。それは政府や権力者を規制する原理です。

 権力者を縛る憲法を、首相という最高権力者にかかる制約をはねのけるために持ち出すのは矛盾です。


 法規範で人間の「こころ」の在り方にまで踏み込み、特定の方向へ引っ張っていくのは、立憲主義の考え方とは正反対です。

 「およそ立憲の政において君主は人民の良心に干渉せず」−百年以上も前の政治家、井上毅がずばり言い切りました。


 経済活動における自由とは、役所や役人からあれこれ細かな指図を受けないで、当事者同士の合意に基づいて取引や契約ができる状態をさします。これも「権力からの自由」であって、強い者が思うままに振る舞う自由ではありません。

 フランス人権宣言第四条には「自由とは他人を害しない範囲で自分の権利を行使できること」とありますが、日本の現実は「強者がより強くなる権利」になっていませんか。






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[西日本新聞社説]抑制的姿勢に徹すべきだ 高校教科書検定

抑制的姿勢に徹すべきだ 高校教科書検定(西日本新聞社説2006/3/31)

 それは、教科書も教育も国家が一元的に統制した戦前の反省を踏まえ、多様な教科書の存在を前提とする検定制度の本旨にもそぐわない。

 「政府の顔色をうかがっているのではないか」という国民の疑念を招くような検定は納得できない。教科書検定は事実関係の誤りをただすなど、抑制的な姿勢に徹すべきではないだろうか。

posted by PPFV at 19:10| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース拾読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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