2006年11月07日

リベラルと呼ばれる人たちはこういう態度を「正当な批判」と呼ぶのか

私にはとても正当な批判とは思えない。

なに寝ぼけてんだか、「民主党+共産党」なんてありえないし期待もしてない。(雑談日記2006/11/4)
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2006/11/post_402c.html

 日共の目くらましの欺瞞性に気がつく人が一人でも増えれば結構だ。日共になんて期待もしていないし、今のまま放っておいてもジリ貧で自然消滅だろう。(笑)
 時々駅頭などのビラ撒きを見るけれど、日本全体の老齢化をはるかに先取りしている。あんな欺瞞政党など消滅してしまったほうが世の中のためじゃないのか。(笑)
 このバナーは学徒出陣のコマがあるけれど、もしも戦死した学生達の霊が日共の現状を見ることができるならば、さぞや憤るだろうと思う。
 上記のバナーと下記一連のバナーで言いたいのは、日共や創価学会と言う欺瞞組織にだまされる人が一人でも減るのを願ってである。(笑)


残念ながら「日本共産党の欺瞞性」と言われるところの根拠は一切語られていない。これを批判と呼べるだろうか。あるいは「ビラまきの老齢化」をわらう態度はいかがなものか。

 日共には戦略・戦術もなければ美学もない。
・・・(中略)
 そんな、衝撃的な場面を想像もできないのだろうね、ヒッカラビタ頭では、。


「日共には戦略・戦術もなければ美学もない。」 → まるでテサロニケ氏のセリフである。美学とは何ぞや。soba氏のバナーに美学は有りや無しや。

現在、このバナーが注目&話題のようです。ネット右翼からも、日本共産党&シンパからも、。(笑)(雑談日記2006/11/6)
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2006/11/post_3768.html

 ★★反日ブログ監視所★★の篠原静流が「共産党をいぢめるネットサヨク (2)」のエントリーで当雑談日記と僕を罵倒しています。(笑)
 また、「2006年10月25日 選挙後になると必ず出てくる共産党批判 」の日共シンパのブログを紹介し、さかんに持ち上げています。
 奇しくもネット右翼の「★★反日ブログ監視所★★」と日本共産党&シンパが同じ見解と言うのが面白いですね。(笑)


残念ながら「罵倒」しているのはsoba氏だ。少なくとも篠原氏は批判の根拠を明らかにしている。「右」とか「左」という問題ではない。まともな批判たり得なかったsoba氏が「左」だったというだけである。篠原氏が私を持ち上げているなどとおっしゃる時点でその無理解を露呈している。

このエントリーを紹介する「阿修羅」への投稿へも、以下の「タシナメ」とも取れるレスが付けられている。
http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/1231.html

自民党批判、公明党批判、民主党批判、共産党批判、社民党批判これらの全てが必要。
自民党なんかと何故手を組んでいるのかという公明党に対する批判、
自民党を打倒する為に何故選挙協力できないのか?
という民主党と共産党に対する批判が必要です。
共産党の統一戦線に対する無理解だけが問題なのではありません。
全ての政党に問題があるのです。
共産党だけを批判しているように誤解される事は避けた方がよさそうです。


冷静なコメントをされていると思うが、それでも一面的と思う点もある。
1)批判はすべての党に必要とのことだが、その多少あるいは軽重はあってしかるべき。総合的に判断してより罪が大きいと思われる党により多く向けられるべき。そもそも共産党に対するsoba氏の言動は「批判」なのか。「罵倒」ではないのか。
2)共産党が統一戦線に参加できないのは「無理解」のせいなのか。民主党の側から見れば「無理解」なのかもしれないが、共産党の側から見れば「基本的政策の違いにより共闘できない」という「明確な理解」とも言える。ここは「無理解」ではなく「考え方」とでも言うべきではないか。
3)共産党だけを批判しているように「誤解」しているのではない。「誤解」というのは自ら意図せず誤って解釈されることを言う。soba氏の罵倒は明らかにsoba氏の意図するところである。したがって当方は共産党を罵倒していると「明確に理解」している。ここで語られていることは「誤解を招く」などという不明瞭な言葉ではなく、むしろ共産党に対し「個人的な恨み」でもあるのかとさえ思える言葉が投げつけられている。

もう一点、バナーについての問題。
共産党批判バナーに限った話ではなく、バナーの利用には十分注意しなければならない。道具を得たサルのように何でもかんでもその道具を使い倒せばいいというものではないのである。ITとやらを得て何でもできると勘違いしてしまう(私も含めて)中高年は特に注意を要する。
たしかにバナーは「目を惹く」と言う点においては一定の効果がある。
しかしながら、見るものがそこから繋がる情報に信憑性があると感じるかどうかは、まったく別の話である。
そしていったん信憑性がないと判断された場合は、そのいたるところに貼られたバナーは信憑性のない情報のサインと受け取られる恐れがある。
あるいは、面白おかしくフザけたバナーであることの問題。目を惹くことに成功しても、「危機感」「緊張感」「信憑性」に一定のネガティブな影響を受けることを覚悟しなければならない。テーマが深刻な時はなおさらである。
あるいは、そのバナーを提供している者(提唱者soba氏)の態度の問題。そのバナーを借用することは提唱者の態度を容認することでもある。
このことは、かつてsoba氏自身、テサロニケ同盟「STOP THE KOIZUMI」に賛同し学んだはずの教訓ではないのか。


posted by PPFV at 23:06| パリ 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | 政権交代真理教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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