2004年07月20日

「華氏911」の真意?(2)

16日の私の記事「華氏911」の真意?に関連して数学屋のメガネさんのブログで町山智浩アメリカ日記と題する記事がアップされています。
先の田中氏の記事に関して町山氏が批判(付いているコメントもまあ辛辣というか)、それに対して数学屋のメガネさんが反論されています。的確な読解力と冷静な反論に感心しておりました。

断っておきますが私はマイケル・ムーア氏に対して批判的ではありませんし、むしろ応援しております。本も買って読んでるし・・。
私が当初この記事を目に留め、田中氏の分析に「ふむ」と思ったのは、この一連のムーア氏の活躍に不自然なものを感じていたからです。普通なら何らかの圧力あってもおかしくないよなあと。ちょっとうまく行き過ぎていると。
思えばアメリカにおける政局に大きな変化をもたらすような大スクープだとか、戦争の発端になった事件が嘘だったとか(最近もあったけど)、それがアメリカのジャーナリズムの健全性を象徴しているようにも見えるのですが、どうも事が終わった後(もしくは用済みになりつつある時)っていうのが多くないですか、昔から。
誠に論理的ではないですが、何となく経験上(^^;;
で、田中氏の記事にも説得力感じましたし、数学屋のメガネさんの記事にも納得した次第。
posted by PPFV at 01:50| Comment(4) | TrackBack(1) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トラックバックをありがとうございました。関連記事をいくつか読ませてもらって、ほぼ同じ考え方なので、一言ご挨拶をしていこうと思いました。

僕も、マイケル・ムーアがすぐれた人であるという印象は変わりません。ただ、その優秀性が、ジャーナリストとしての優秀性というよりも、ある種の運動家としての優秀性なんだなという印象に変わりました。あるところでこんなことも書きました。

「僕は、田中さんの文章を読んでから、マイケル・ムーアという人は、新しいタイプのすぐれた運動家だというふうに感じました。そのすぐれた運動家が、たまたまドキュメンタリー作家としてもすぐれていたので、運動の手段としてそれを利用しているのだというふうに受け取りました。

このように受け止めれば、マイケル・ムーアのすぐれた点を正しく受け止められるのではないかと思っています。ジャーナリストのような客観的立場に立っていると受け取ると間違えるので、その点を忘れてはいけないと、田中さんは注意しているだけだと思うのです。

マイケル・ムーアと同じ立ち位置に立つ人なら、その主張に賛同するでしょうし、よく分かっていない人に自分の立ち位置を説明する方法としては、これだけ効果的なものはないと思います。そういう意味で、ある立場を説明しているのですから、運動の一つであり、しかも効果的であるので、すぐれた運動だと僕は思うのです。

新しさを感じるのは、運動というのは普通組織で行うのですが、マイケル・ムーアは、個人で組織以上の成果を上げる運動をしているところです。ムーアの目的であるブッシュ再選阻止ということが、彼の力でかなり現実的なものになってきましたものね。彼は、この立場を強く打ち出してきたので、やはりジャーナリストではなくて運動家なのかなと、田中さんの指摘を見てそう思いました。」

関心を惹くような記事があったら、またお立ち寄りくだされば嬉しいと思います。
Posted by at 2004年07月20日 10:23
秀さん、コメントまことにありがとうございます。

常々、記事拝見しております。確かに近い考え方でおられますので、共感を持って拝読しておりましたが、何しろ論理的に話を展開されることに感心することばかりです。わざわざおいでいただき恐縮です。

マイケル・ムーア氏を運動家として捉える見方には思い及びませんでした。確かに今回田中氏が指摘している件、運動家としての戦略としては全く整合とれていると言えそうですね。

とかく注目されるアメリカのジャーナリズムについて、基本的に懐疑的な思いがあります。要はキャパシティ(求心力とでも言えましょうか)の範囲内では政府批判に対しては寛容だけれども、それを超えたところでは容赦なく押さえ込まれるように思うのです。
ですから、今回の田中氏の記事は、その超えたところをうまく避けたムーア氏の戦略を分析したものと読み取りました。

秀さんの記事を改めて読んで、私の見方はちょっとズレてたかなと思っています。

是非、リンク張らせていただきたいと思います。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。
Posted by PPFV at 2004年07月21日 00:44
僕は「ボウリング・フォー・コロンバイン」の一場面で、ある大手のスーパーに、銃弾を商品として置かないようにという働きかけをした場面が印象に残っています。

あれはまさに一種の運動だなと思いました。あれは、単に一高校生が働きかけただけなら、大手のスーパーでは何も考えなかったのではないかと思います。

しかし、ムーアが撮影をすることで、それがかなりのマスメディア的な取り上げ方をされるというプレッシャーになります。そのプレッシャーが、あの店から、銃弾という商品を引き上げる結果になったのではないかと感じました。

だから、あの場面は、単にそういう運動を一高校生がやっていたのをドキュメンタリーとして撮影したのだという感じではなく、撮影そのものが、運動に影響を与え、運動の勝利に貢献していたと感じました。

ムーアの撮影がなければ、あの運動はきっと成功しなかったのではないかと思うと、あれは新しいタイプの、しかも勝利したのですから、たいへんすぐれた運動なのだなと思いました。
Posted by at 2004年07月21日 08:29
そうですね。政治家もメディアを如何にうまく使うかと言うことに腐心しているのですから、運動の一つのやり方としてメディアをうまく使うというのも当然あっていいですね。
TV Nationは「告発エンタテインメント」とでも言えそうな内容のようですが(見たことはありませんが)、人気(世論)を味方につけながら、告発あるいは問題提起するという意味では面白い企画だと思います。その進化形とも言えそうです。
Posted by PPFV at 2004年07月21日 23:06
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Excerpt: 田中宇さんが、「キリストの再臨とアメリカの政治」という新しい文章を書いている。これは、「「華氏911」とイスラエル 」の続きの文章であると断っている。しかし、そこには「華氏911」に対する言及はほとん..
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