2004年07月29日

腸の温かみ

私の叔父は被爆体験を持ちます。その叔父も昨年亡くなりました。
小さい頃、その体験を良く聞かされました。

当時、叔父は学徒動員で長崎造船所におりました。
原爆投下の当日も工場内にいて、友人と共に作業をしていたと言います。
その中でも今でも頭から離れない話。

「投下の瞬間、閃光と一瞬の間をおいての爆風に訳がわからなくなった。気が付くと目の前にいた友人は工場の隅まで吹き飛ばされていた。俺は運よく設備の陰にいて助かったが、友人を助けようとそれは必死だった。駆け寄ってみたら、その腹は裂け腸が飛び出している。これは大変だ何とかしなければと、その腸を懸命に手繰り寄せて腹の中に押し込んだ。押し込んでも押し込んでもズルズル出てくるんだ。今から思うと何であんなことしたのかわからんが、とにかくそうしたら助かる気がした。その温かみは今でも忘れられん・・・」

私もその話を聞いて、その友人の腸の温かみがわかる様な気がしました。

自分の大切な人が流す血の温かみを想像してみてください。
自分の大切な人の裂けた肉体の温かみを想像してみてください。

残念ながら、世界ではおそらく今この瞬間にもそれを体験している人がいます。
posted by PPFV at 23:57| Comment(2) | TrackBack(2) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
子供の頃読んだ「はだしのゲン」の一場面を想像して読みました。想像するだにつらい、おそろしい。日本がこんなことを他国の人間に体験させるようになっていはいけないと改めて思いました。最近、ちらほら考えていた日本の戦争責任に対する思いと、PPFVさんのこの記事から感じた「人道的な戦争はない」という思いを書いた日記に、TBさせていただきました。
Posted by SIEERA at 2004年07月30日 08:53
SIERRAさん、トラックバックまたコメントありがとうございました。

いずれの国にもこのような経験をさせてはならないと思います。平和主義は理想論などと言う人もおられますが今一度想像力を持って考えていただきたいと思います。
でも、その理想論が(少なくとも戦争という部分においては)この戦後60年間実現しているんですよね。この日本では。これを終わらせるわけにはいかないですよね。
Posted by PPFV at 2004年07月30日 22:34
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つらすぎる!
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Tracked: 2004-07-30 08:56

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