2005年05月01日

従軍慰安婦問題について参考記事

外務省HPより
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。


《追記2005/5/1 22:45》
トラックバックいただいたこちらの記事も非常に参考になります。
日本の右傾化ー中央日報より(▼milou)
http://milou.seesaa.net/article/3244858.html
《追記終わり》

中帰連HPより
NHK・ETV特集から消された戦場の証言
http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/syougen/nhk_special.htm

AMLより
韓国KBS番組「日本軍“慰安婦”」
http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-May/001334.html

  二、三か月前、ここの場において吉見義明先生への連絡方法でご協力いただいた
半月城です。
  おかげで韓国KBS局は先生に取材でき、TV番組・人物現代史シリーズ「歴史
が記憶をするように」を制作しました。その番組は、日本ではスカパー331ch KNTVで
4月16日に放映されました。お礼をかねて、そのあらましを紹介します。

  番組の副題は「日本軍“慰安婦”のハルモニたち」ですが、番組は「慰安婦」に
されたハルモニ(おばあさん)が暮らす「ナヌムの家」を今年1月24日、日本の市民
団体の女性たちが訪問するシーンから始まりました。
  ビデオで紹介される「慰安婦」の映像に目頭をおさえながら食いいるように見て
いた女性たちも、「慰安婦」李玉仙さんの話は正視にたえないのか、うつむきかげん
でした。ハルモニはこう語りました。

 「軍人が列をなしているんですね、たくさん来て・・・15才の少女に一日 50名を
受けいれろと・・・ここにお座りの方たちはおわかりでしょう。15才の少女に何がで
きましょうか・・・性根がなってないと、刀でこんなふうに斬りつける。斬りつけて
も屈服しなければ殺してしまう・・・」

  李さんはこう語りながら、ひざの長い切り傷を皆に見せました。彼女の話はハン
カチなしにはとうてい聞けないようです。軍人に犯されつづけた彼女の恨(ハン)
は、60年たった今でも決して晴れることはないようです。
 「少女を引っぱっていき病人にしておいて、今になって自分の足で行ったなどとウ
ソをついて、これがどれほど腹が立つのか、このハンをどう晴らすか・・・」

  彼女たちがこう語れるようになったのも、わずか十年そこそこのことでした。そ
れまでそうした話は自分ひとりの秘密であり、恥ずかしくおぞましい「慰安婦」時代
の過去は家族にすら語れず、ほとんど完璧に沈黙してきました。
  彼女たちが重い口をひらいたのは、日本の労働省の局長発言がきっかけでした。

 「従軍慰安婦なるものにつきまして・・・やはり民間の業者がそうした方々を軍と
ともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした
実態について、わたしどもとして調査して結果を出すことは、率直に申しまして で
きかねると思っております」(1990.6,参院予算委)
  そうした報道を韓国のテレビでみた金学順さんは、憤りのあまり涙がとまらな
かったとのことでした。

 「そんな話がされるのを聞いて、まったく胸がふさがり、その場でひとしきり泣き
ました、ひとりで。・・・こんなことがあっていいのか、なぜ皆、過去をこうも知ら
ずにいるのか。生きている自分が証言できるのに。そんなこと(「慰安婦」)がな
かったと話すので、本当に涙がでて胸がいっぱいになり・・・それで(名乗り)始め
た」

 「16才そこそこで強制的に引っぱられ、やられまいと泣きながら逃げ回るのを放し
てくれない、日本の奴らがつかまえて放してくれない。どうすることもできなくて、
泣きながらやられた。
  日本政府は、こんなふうにしてやられた人を知らない、いない、いないとか・・
・胸がつかえて言葉がでない・・・死ぬ前に、目を閉じる前に一度ハンを晴らし、必
ずや言葉だけでもハンを晴らしたい」

  50年の沈黙を破った金さんは、積もりつもった憤りを思いっきりぶちまけまし
た。この金さんの勇気ある証言は、たいへんな衝撃をもたらしました。
  韓国では民間による「挺身隊申告電話」がもうけられるや、勇気づけられた「慰
安婦」がぞくぞくと名乗り出ました。文さんもそのひとりです。金さんの話を聞いて
涙がとまらず、ついに決心したとのことでした。
  衝撃は日本にも伝わりました。日本政府は史実の隠蔽が常套手段なのか、ろくな
調査もせず、加藤紘一官房長官が「慰安婦」は民間業者がやったもので、政府は無関
係とする無責任な見解をだしました。
  その一方で、日本にも良心的な学者はいるものです。中央大学の吉見義明教授は
こう語りました。

 「(研究の)直接のきっかけは金ハクスンさんが名乗り出て、その訴えているとこ
ろを見て、調べてみようという気になったのです。実際に被害者が名乗りでたことに
対する衝撃は大きかったですね。
  彼女は、事実関係を明らかにしたいということと、事実を日本の若者たちに知っ
てほしいということを訴えていましたので、事実関係を明らかにするのは歴史家の役
割かなと思って調査を始めたんです」

  吉見氏は、日本軍の機密文書などを丹念に研究して「慰安婦」の成立時期や募集
方法、「慰安所」の運営体系などを明らかにしましたが、その一端をこう語りまし
た。

 「実際に朝鮮半島で何が起きたかというと、最初は総督府が業者を選定して集めさ
せるわけですけれども、集めていく過程でもっともありうる形は人身売買ですね。業
者が親に前借金を与えて連れて行く。
  もうひとつは、慰安所とはどういう所なのかをきちんと説明せずだまして連れて
行く、だましてというのは誘拐になるわけですけれども。またある場合には拉致とい
うことがあったと思います」

  吉見氏の画期的な研究により、日本軍「慰安婦」の実におぞましい歴史が明るみ
にだされました。最初の「慰安所」は1932年ころ上海で設立され、おもに日本人「売
春婦」が集められました。
  1937年、日本は中国侵略のボルテージをあげ、日中戦争に軍を大幅に増派しまし
たが、そのころから軍が本格的に「慰安所」をつくるようになり、それにあわせて朝
鮮半島で「慰安婦」が大々的に集められるようになりました(注1)。
  朝鮮総督府の御用紙である毎日申報には「徴用とはちがう 行こう女子挺身隊」
「内鮮一体 挺身隊で技術と労力の交流」「出でよ半島女性たち」「白衣天使募集」
などと、美辞麗句で少女たちに体制奉仕をよびかける活字が踊りました。

  日本軍が「慰安婦」を必要としたのには切羽詰まった事情がありました。まず、
日本軍による強姦が問題でした。これは何よりも中国人の反日感情を極度に刺激しま
した(注2)。
  つぎに、兵士の性病も問題でした。性病のまん延で戦力が半減するというデータ
もあったようでした。そうした問題に加え、戦闘能力を維持するには兵士にいっとき
の解放感を与える慰安施設が不可欠という理解のもとに、日本軍により「慰安所」が
作られ管理されました。

  そうした実態を明らかにし、日本政府の誤認を覚醒させたのが吉見氏でした。吉
見氏は日本軍歩兵第九旅団の陣中日誌(1938)に書かれた文などを番組で具体的に示し
ました。そこにはこう書かれていました。
 「強烈な反日意識を激化せしめる原因は 各所に於ける日本軍人の強姦事件が全般
に伝播し 実に予想外の深刻なる反日感情を醸成せるに在りと謂う・・・速に性的慰
安の設備を整え・・・」

  日本軍は、兵士の強姦などにより対日感情が悪化するのを防ぐために、積極的に
「慰安所」を設置した事実が明白になりました。これは単に第九旅団にかぎられたこ
とではなく、北支那方面軍参謀長による指示「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の
件 通牒」にもとづく組織的なものでした(注3)。
  これらの資料をもとに、吉見義明氏は日本軍の関与や責任をこう語りました。

 「慰安所をつくる時には、たとえば建物は軍が提供するわけですね。内部を改造す
る場合も軍がやります。それから料金も軍が決定する。それからどの部隊が何曜日に
利用するのかも全部決めていく。
  それから業者には、そこに入っている女性は名簿を含めて全部ださなければなら
ない、売り上げなんかもチェックするということをやっていたと思うんですね。
  ですから仮に慰安所で問題が起こったとすれば、業者にももちろん責任はあると
思いますけれども、慰安所制度をつくり運営した主体は業者ではなく、軍ですから・
・・主要な責任は軍にあるということになると思いますね」

 「慰安所」では軍により「慰安所規定」が作られ、利用料金や時間、各部隊の利用
日、避妊具の着用などがきっちり定められました。料金は「慰安所」経営者に払われ
たので、結果的に徐ハルモニたちはほとんどお金をもらえなかったようでした。
  また、規定では避妊具の使用が義務付けられていても、避妊具「さくら」の使用
を嫌う軍人もおり、そのため妊娠した「慰安婦」もいたようでした。しかし、日本軍
の「慰安所」で出産は許されるはずがありません。子どもに最後まで固執した「慰安
婦」は銃殺されたと、文ハルモニは証言しました。

  軍は性病にはことさら神経を使い「慰安婦」に週1回の検査を実施しました。性
病がみつかった「慰安婦」は休むことになりますが、これはかえって歓迎されたよう
です。
  徐ハルモニは、台湾で性病が発見されることをいつも願っていたとのことでし
た。一日に何十人もの軍人を相手にするくらいなら、病気で休んだほうがマシなこと
はいうまでもありません。
  余談ですが、これまで見てきたように「慰安所」の設立や運営に関する日本軍の
関与が、吉見氏の研究などによって次第に明確になるや、日本政府は政府責任を認め
る河野一郎官房長官の談話を公表し「お詫びと反省の気持ちを」を明らかにしました
(注4)。

  それ以前に、金学順さんたちは犠牲者は補償を求め、被告を日本国として東京地
裁に提訴しました。ここまでこぎつけるには韓国挺身隊問題対策協議会や日本の市民
団体などの積極的な活動があったことはいうまでもありません。しかし、裁判所は被
告側が明確でないという理由で受付けられませんでした。
  ハルモニたちは、社会正義を求める多くの人たちに暖かく支えられてきました
が、93年には韓国の仏教関係団体が、ハルモニたちが名乗りでた後にも安心して暮ら
せるようにと「ナヌムの家」を用意しました。そこのハルモニたちは毎週水曜日に日
本大使館にデモをおこなっているのはよく知られているとおりです。そのデモも600
回を数えました。
 「ナヌムの家」の入口には少女の銅像が立っていますが、これは人一倍思いやりが
深い金順徳ハルモニが描いた絵「未完に咲く花」の少女をモデルにしました。彼女は
雑談でこう話しました。

 「自分は死んで生まれ変われるなら、男に生まれて軍人になりたい。軍人としてこ
の国をよく守りたい。奪われて踏みにじられたのが余りにも悔しく、痛恨にたえな
い」

  金さんは、国を失ったのがよほど悔しかったのでしょう。本来なら田舎で田畑を
耕し、女性として平穏な生活を送っていたはずなのに、国を失ったため、そのしわ寄
せの極限を「慰安婦」という姿で、ひたすら体を張って受けとめざるをえない、苛酷
な人生をしいられました。
  彼女たち「慰安婦」は95年に北京で開かれた世界女性大会でも「女性人権侵害の
もっとも悲惨な例」として認識されました。
  金ハルモニは昨年亡くなられましたが、はたしてあの世で軍人の道をめざしてい
るでしょうか。ともかく、冥福をいのります。

  こうしてまた一人ハルモニが世をさりましたが、金順徳ハルモニにしても金学順
ハルモニにしても、日本政府からは謝罪や補償を一切受けられませんでした。
  日本政府の立場は、1965年の日韓条約で韓国人の請求権はすべて消滅したと主張
し、「慰安婦」に対しても法的責任は一切ないとしました。その一方で、残る道義的
責任をはたすため、日本国民から寄付をつのり「女性のためのアジア平和国民基金」
を設立し「慰安婦」に「償い金」を支給してきました。
  しかし、これには日本政府の謝罪がないため、多くの韓国人「慰安婦」が反発し
ました(注5)。金学順ハルモニは、こう言い残して亡くなりました。

 「(日本政府から)謝罪を受けなければならない。はっきりと。日本がおこした戦
争だ。謝罪がなくてなるものか。こんなに人生をめちゃめちゃにして、なぜ謝罪をし
ないのだ!」

  日本軍兵士の公衆便所として扱われ、女性としてもっとも苦難にみちたイバラの
道を歩んだハルモニにとって、傷ついた心をいやすのは国民基金などの「慰労金」で
はないようです。「青春を返せ!」が心の底からの叫びであり、ハルモニに何よりも
望まれるのは、彼女たちを性奴隷におとしいれた日本政府の謝罪です。

  この「慰安婦」問題は2000年「女性国際戦犯法廷」でも扱われました。そこで韓
国・北朝鮮の南北共同検事団は日本政府の責任をこう追求しました。
1.日本軍慰安所の政策樹立と施行
2.韓国人「慰安婦」の強制連行
3.「慰安所」における強姦、拷問、傷害、故意の身体障害、殺人、虐待などの犯罪

  検事団は証人に韓国の文ピルギさん、北朝鮮の朴ヨンシムさんをたてて上記の犯
罪事実を立証しました。その結果、6か国からなる「女性国際戦犯法廷」はヒロヒト
天皇に有罪を宣告しました。その場面は、最近のNHKドキュメンタリー番組では政
治家の圧力により放送されなかったようです。
  この市民法廷について韓国の出席者はこうコメントしました。
 「この世に正義は生きています。ヒロヒトは有罪判決を受けたし、日本国は責任が
問われました」

  こうした国際世論を日本政府は受けいれ「慰安婦」にきちんと謝罪することを
願ってやみません。ハルモニたちは高齢のため、年毎に少なくなっています。韓国で
名乗り出た「慰安婦」は215名で、そのうち半分近い91名が3月現在でなくなりまし
た。彼女たちが生きている間に日本政府は何としても謝罪すべきです。

(注1)半月城通信<麻生軍医と理想的な「従軍慰安婦」>
http://www.han.org/a/half-moon/hm028.html#No.208
(注2)半月城通信<南京レイプと慰安所、南京虐殺60周年(7)>
http://www.han.org/a/half-moon/hm044.html#No.293
(注3)軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件 通牒
 昭和13(1938)年6月27日   北支那方面軍参謀長 岡部直三郎
1.軍占拠地の治安は・・・
2.治安回復の進捗遅々たる主なる原因は・・・
3.由来 山東、河南、河北南部にある・・・自衛団体は古来 軍隊の掠奪 強姦行為
に対する反抗熾烈なるか 特に強姦に対しては各地の住民一斉に立ち 死を以て報復す
るを常としあり・・・従て各地に頻発する強姦は単なる刑法上の罪悪に留らず 治安
を害し軍全般の作戦行動を阻害し 累を国家に及ぼす重大反逆行為と謂うべく 部下統
率の責にある者は国軍国家の為め 泣て馬謖を斬り 他人をして戒心せしめ 再びかか
る行為の発生を絶滅するを要す 若し之を不問に附する指揮官あらば 是不忠の臣と謂
わざるべからず
4.右の如く 軍人個人の行為を厳重取締ると共に 一面成るべく速に性的慰安の設備
を整へ 設備の無きため不本意乍ら禁を侵す者無からしむるを緊要とす
5.右の外・・・
(カタカナはひらがなに変換)
(注4)外務省<慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話>1993.8.
4
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html
(注5)半月城通信<国民基金の苦衷、「従軍慰安婦」100>
http://www.han.org/a/half-moon/hm057.html#No.371

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

posted by PPFV at 22:44| Comment(12) | TrackBack(1) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おやおや、半日以上かかって探し出したのがこれですか(笑)

慰安婦強制連行があったと政府が公式に認めてしまったことになってしまった、いわゆる「河野談話」ですな。

ご存知ですか?この発表のために政府が文書を徹底的に調べ、元慰安婦という人達から話を聞いた結果をこのような談話で発表したんですが、この調査を実施した平林外政審議室室長はH9.1.30に参議院予算委員会で次のような答弁をしています。

「政府といたしてましては、二度にわたりまして調査をいたしました。一部資料、一部証言ということでございますが、先生(質問者の片山虎之助のこと)今ご指摘の強制性の問題でございますが、政府が調査した限りの文書の中には群や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出せませんでした。ただ、総合的に判断した結果、一定の強制性があるということで先ほどご指摘のような官房長官の談話(河野談話)の表現になったと、そういうことでございます。」

さらに当時の内閣官房副長官・石原信雄氏は「強制連行の証拠は見当たらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したが、それもどうしてもなかった。結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦16名の証言が決め手になった。彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという韓国側の強い要請に応えて、納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた。もしこれが日本政府による国家賠償の前提としての話だったら、通常の裁判同様、厳密な事実関係の調査に基づいた証拠を求める。これは両国関係に配慮して善意で認めたものである。」と述べています(櫻井よしこ「密約外交の代償」 文芸春秋 平成9年4月)。

つまり、河野談話は、「強制性を裏付ける証拠・証言はなかった」にもかかわらず、「韓国からの強いお願い」があったから、韓国に配慮して出してあげた、きわめて政治的な談話なのですよ。

どういう意味かわかりますね。当時の日本政府や軍が強制的に慰安婦として働かせたわけではないのです。

で、河野談話の中に「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり」とあります。これは民間業者(女衒)が慰安婦を募集したという意味、つまりは「従軍」ではなくて「民間の性風俗業」だったということで、慰安婦とは結局「売春婦」であり、彼女達がしていたのはあくまでも「商売」だったということです。募集に際して業者が女性達を無理矢理、あるいは、騙したということがあったらしいということで「強制性」があったということにしたのです。

民間業者による「売春宿」に勤めていたわけですから、当然彼女達は報酬をもらってますよ。元海軍中佐の杉浦実は彼女らが4〜5000円の借金を抱えていたが、その借金を半年ほどで全額返済した上に、5000〜10000円もの貯金を蓄えたと言っています。当時の日本陸軍大将の年棒が6600円の時代に、です。

河野談話など今頃出されても何の説得力もありません。もうちょっとお勉強しましょうね。
Posted by つもろ at 2005年05月01日 23:54
>おやおや、半日以上かかって探し出したのがこれですか(笑)

妄想発言はご遠慮下さい。そんなに粘着している暇などありませんよ。

>つまり、河野談話は、「強制性を裏付ける証拠・証言はなかった」にもかかわらず、「韓国からの強いお願い」があったから、韓国に配慮して出してあげた、きわめて政治的な談話なのですよ。

記事読んでいただいてますかね。ここにも事実誤認があるようですが。
それに、ご提示の答弁は政治的でないとでも?

 参議院本会議(代表質問)質疑 2000.04.11
 ─「慰安婦」関連部分─

本岡昭次(民主党)  
 過去の清算問題に関連し、いわゆる慰安婦問題の解決について質問します。 
 政府は、一九九三年八月、この慰安婦問題について二年間の調査の後、慰安婦問題への軍の関与を認めて、おわびと反省の気持ちをあらわす河野官房長官談話を発表しました。続いて政府は、一九九五年七月に、民間団体として女性のためのアジア平和国民基金を設立し、国民の募金による見舞金を国にかわって償い金二百万円を支給することで慰安婦問題を解決しようといたしました。しかし、道義的責任でなく国の責任による謝罪と償いを求める元慰安婦の方々の反発により、償い金の支給を受けた方は対象者約三百人中百六十人と、やっと半数を上回る状態でございます。 
 この償い金支給に際しては、小渕前総理は日本国内閣総理大臣の名前で、次のようなおわびの手紙を渡しておられます。
  
 いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。  
 我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております。

 これが小渕前総理の署名入りのお手紙であります。 
 なぜ、これほどの総理のお気持ちが受け入れられないのでしょうか。それは、国の責任を避け、道義的責任で解決しようとするからであります。国連人権委員会を初め国際人権諸団体も、道義的責任でなく国の法的責任による解決を求めて、勧告、要請を繰り返しております。 
 国の責任を明確にし、国の責任において元慰安婦であった方々の名誉回復の措置を行うことが必要です。民主党は、国の責任で解決を促進する法案を参議院に提出しました。河野外務大臣が官房長官のときに初めて軍隊の関与を認め、謝罪と問題の解決が始まったのであります。
 アジアの関係諸国民と我が国との信頼関係の醸成及び我が国の国際社会における名誉ある地位が保持できるよう、賢明な政府の対応を期待します。  所信表明において「世界から信頼される国家」を目指したいとする森総理と、河野外務大臣の答弁を求めます。

○総理大臣 森喜朗
 いわゆる従軍慰安婦の問題に対する政府の対応についてのお尋ねでありますが、この問題を含め、さきの大戦に係る賠償並びに財産及び請求権の問題については、政府としては、サンフランシスコ平和条約、二国間の平和条約及びその他関連する条約等に従って誠実に対応してきており、これらの条約等の当事国との間においては法的には解決済みであります。
 しかしながら、政府としては、本問題が多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとの認識から、これまでもおわびと反省の気持ちをさまざまな機会に表明してきております。
 また、元慰安婦の方々に国民的な償いをあらわす事業や、女性の名誉と尊厳にかかわる事業等を行う女性のためのアジア平和国民基金に対して最大限の協力を行ってきたところでございます。

○国務大臣 河野洋平
 いわゆる慰安婦の問題につきましては、先ほど総理大臣御答弁のとおりでございます。
 総理もおっしゃいましたように、この問題、大事なことは、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけたという問題でございます。こうした認識を持ちまして、これまでもたびたび政府といたしましては機会をとらえておわびと反省の気持ちを表明をしているところでございます。
 私自身も九三年八月、官房長官としてこの問題について考え方を明らかにいたしておるところでございます。

はて?これは2000年における国会答弁ですが。
Posted by PPFV at 2005年05月02日 01:02
で、「従軍慰安婦」が存在したことの証拠はどれなんですか?

あなたのおっしゃる国家としての責任を取るためには「従軍慰安婦」なるものが存在したことを証明しなければなりませんが、その証拠が見つかっていないと言っているのです。

だから森さんや河野さんも同義的責任として反省やらお詫びを答弁でしているのですよ。

あなたのコメントにもある通り、日韓基本条約で当時の韓国政府がお隣の北朝鮮、そして韓国国民および北朝鮮国民の分も含めて一切合切に対しての賠償をもらうことを選択したのであって、それに上乗せして日本が国家として賠償する理由はありません。

しかしながら、韓国政府が「慰安婦は日本軍の強制によるものだとしてくれないだろうか。でないと、彼女達が国内で差別されてしまう。お願いだから強制ということにしてくれ。」と泣きついてきたから、国家賠償ということでないならと渋々「強制」を認めてあげたにすぎません。

韓国政府が国民に「個人への賠償も含めて受け取った」ことを隠し続けたことは当然ご存知ですよね?本来は韓国政府が彼女達に支払うべきものなのですよ。

それをこれまた韓国との関係に配慮して、募金という形で見舞金まで集めてあげたんです。日本はホントにお人好しですよ。そこまでしてあげる必要なんてなかったんですから。

で、あなたの事実誤認を指摘しておきますね。
記事にある金学順さんですが、彼女自身が貧乏のため母親に売春宿に売られたことを告白しているんですが。彼女は14歳の時に実の母に身売りされたのですよ。

そもそも彼女が17歳だった昭和14年には「女子挺身隊(韓国では慰安婦のことを挺身隊と言っている)」は存在しませんし、さらに「女子挺身隊」とは、販売店員、改札係、車掌、理髪師など17職種の男子就業を禁止し、25歳未満の女子を動員したものであり、慰安婦とは何の関係もありません。つまり彼女の勘違いまたは嘘ということです。

他の慰安婦もその証言に一貫性がなく、彼女達の証言を鵜呑みにするのはよろしくないですよ。だから客観的な証拠を出してくださいと言っているのです。

ということで、まだまだ勉強不足のようですね。頑張ってください。
Posted by つもろ at 2005年05月02日 01:44
日本の朝鮮理解を妨げる「自由主義史観」part1

歴史の事実を見るのではなく、研究の蓄積を無視して自分の見たいものしか見ようとしない歴史観が大手を奮っている。日本におよそ「責任」があることそのものを否定し、自国中心主義的な歴史観で何が悪いと主張する歴史観。
結論が先にある歴史観。歴史観というのもおこがましくて、おぞましい。特に日本の戦争責任、植民地支配責任、そして戦後責任の問題にとって、いかに「自由主義史観」の言説が、歴史認識の妨げになっているかを思想的に解明しよう。
日本ができるだけ早い時期に戦後責任を果たしていれば、半世紀後の世代が責任を問われることもなかった。しかし戦後責任は今日まで持ち越されてしまった。さて、「戦争当事者とはいえない世代」は、「私たちには関係ない」といえるでしょうか。言えない。

朝鮮中国アジアの歴史問題を扱う場合、決定的に重要な問題が歴史認識問題だ。
ナチスドイツによる「アウシュビッツの嘘」「ホロコースト否定論」とはユダヤ人大虐殺はなかった、アウシュビッツなど絶滅収容所のガス室でユダヤ民族絶滅作戦が実行されたというのは嘘で、でっちあげだ、と言う主張である。
欧米の歴史学会では学問的意味を認められず、悪質なデマゴギーとみなされ、ドイツやフランスなどヨーロッパ諸国では刑事処罰の対象となっていたが、次第に戦後一部の人々が唱えて以来欧米各国に根を張り、国際的ネットワークを形成して宣伝活動を行なってきている。―――

日本でも戦後同様の政治的勢力により自国中心主義的歴史観が、力をもってきている。
ほとんど排外主義的であるだけでなく、実際に生じたことをなかったことにする潮流。これらの潮流に立つ人々は自らを「自由主義史観」と称している。
これらの潮流の人達が使う「自虐史観」という言葉は、アジア侵略や植民地支配の過去を直視し、責任を引き受けようとする日本人の態度を戯画化し、非難する意味で使われ、排除する。
日本の「アウシュビッツの嘘」「ホロコースト否定論」のひとつが、「強制連行はなかった」でもある。
「ホロコースト否定論」と広義の歴史修正主義とは、おおむね同じだ。
歴史修正主義とは戦争責任を常に相対化して出来事そのものの否認ではないが、両者は相伴っている。
具体的に見てみよう。
自由主義史観の共著「国民の油断」をはじめ彼らの著書に現れた藤岡や西尾らの議論は、つぎのような主張を含んでいる。                          
1. 南京大虐殺はなかった。性奴隷制としての日本軍慰安所制度はなかった。
2. 「従軍慰安婦」とは性奴隷制ではなく、「たんなる商行為」「売春婦」にすぎない。
3. 南京事件の中国人犠牲者は、「最大限で1万人」で一般市民の死者は「全部正しいとしても47人」にすぎない。
4. 朝鮮の植民地や日中戦争の責任は日本にはない。責任はむしろ近代化が遅れた朝鮮や中国の側にある。
5. 日本のアジア進出の時代、東アジア諸国にとって真の脅威は日本ではなく、ロシア及び欧米列強であった。
6. 南京大虐殺、「従軍慰安婦」問題は、「国内外の反日勢力」のプロパガンダによってでっちあげられたものである。
上にあげた主張は「従軍慰安婦」問題を除けば、なんら目新しいものではない。
「自虐史観」という用語も含め、以前から「大東亜戦争肯定史観」のなかにあったものの繰り返しにすぎない。――
以上は以下の文献の大幅な引用加筆修正を施した。
以下参考文献、引用文献
「戦後責任論」講談社
「証言のポリティクス」未来社
「ナショナルヒストリーを超えて」東京大学出版会 高橋哲哉著
これだけは知っておきたい「日本と韓国・朝鮮の歴史」 高文研 中塚明著
「近代日本の朝鮮認識」研文出版 中塚明著
「朝鮮人強制連行の研究」明石書店 金英達著
「戦後補償」を考える 講談社現代新書 
内田雅敏著
 「危ない教科書ノー」花伝社 俵義文著
Posted by 神田のヤッチャン at 2005年05月03日 00:59
>神田のヤッチャン
>歴史認識の妨げになっているかを思想的に解明しよう。

ただの根拠無きレッテル貼りのようですね。
Posted by ほるほる at 2005年05月07日 22:51
日本の朝鮮理解を妨げる「自由主義史観」part2

(パート1)上記の趣旨に則った主張が絶えず若干の方法論を代えて繰り返される。これらの主張はホロコースト否定論とうりふたつなのだ。
なぜ政府に都合の良いことばかりが「自由主義史観」にはでてくるのか。
それは日本の政治家、評論家、マスコミ、経済界のなかに皇国史観をもつものやそのほうが都合の良い人間が、いまだ多く生息しているからだと考えるのが自然。
中国や朝鮮での歴史の真実が暴かれると、現在活動中の大企業や政府の責任問題になったり、国際問題になったりして天皇の責任を問われることもあるからだ。
今後の軍国主義的体制作りや覇権主義的経済活動に支障がでるからだ。
天皇を元首にしたいと思う勢力に、好都合なのだ。
皇国史観がなぜ悪いのだろうか。
それは、国民主権や男女平等の民主主義と相反するからだ。
むきだしの国家権力を全面にだし、個人の権利を無視する考え方だから。
「自由主義史観」は姿を変えた皇国史観。
自国史の<負の記憶>からの浄化を、非日本人及び「反日的日本人」という二重の他者からの「日本人」そのものの民族的浄化によって行なおうとする日本版否定論を、その危険性への警戒をこめて「民族浄化史観」と呼んでおきたい。・・・
ホロコースト否定論と同じく時に隠微なレイシズム(民族、人種差別)とともに、また特徴的なセクシズム(女性差別)が存在している。・・・
日本版否定論では、植民地支配責任や戦争責任を加害国日本に認めず、被害国朝鮮や中国におしつけるという転倒として現れる。・・・
殖民地化した朝鮮半島その他の地域を「全部日本人社会にしようとした」ことを、日本人の「平等志向」や「お人好し」からでた善性として怪しまない底なしのナルシシズム。
他民族の社会を『全部日本人社会』にすることが民族性の抹殺、文化的エスノサイド(民族絶滅)にほかならないことをまったく理解できないレイシズム。
「皇民化政策」を推進してきた当時の支配層となんらかわらないメンタリティー。
「制度として差別はなかった」というのも、植民地支配を云々する基礎的知識を欠いているか、さもなければおそるべきデマゴギーだと言わざるをえない。
Posted by 神田のヤッチャン at 2005年05月08日 13:38
妄想もここまでくるとたいしたもんだ(笑)
従軍慰安婦や強制連行などなかったと主張はしているが、国家権力を全面に出したこともない(出す気もない)し、個人の権利を無視したこともないですが。

われわれの主張を歴史修正主義と批判するが、従軍慰安婦の存在を客観的に証明できないのに、存在したと言い張る方が歴史の捏造であり、歴史修正主義でしょうが。

あなたがたにとって唯一の頼みである、自称「従軍慰安婦」の人たちの証言に一貫性がない以上、それらを信じることはできないよ。金目当ての嘘という可能性があるからね。

ま、頑張ってよ(w
Posted by つもろ at 2005年05月08日 15:57
日本の朝鮮理解を妨げる「自由主義史観」part3

インドの独立運動家で首相になったネルーの言葉はするどく日本の朝鮮政策を見渡している。(1959年父が子に語る世界歴史V みすず書房)
「日本にたいする勝利がどれほどアジアの諸国民を喜ばせたかということをわれわれは見た。
つづけてところが、その直後の成果は、少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国つけくわえたにすぎなかった。
その苦い結果を、まず最初になめたのは、朝鮮であった。日本の勃興は、朝鮮の没落を意味した。日本は開国の当初から、すでに朝鮮と、満州の一部を、自己の勢力範囲として目をつけていた。
日本はその帝国政策を遂行するにあたって、まったく恥を知らなかった。ベールでいつわる用意もせずに、おおっぴらで漁りまわった。」―――
帝国政策を遂行するにあったて、おおっぴらに漁りまわったという、厳しくもありさめたネルーの言葉だ。
中国人強制連行は認めるが、朝鮮人の強制連行は認めない。
その矛盾をいかに説明するのか。結論が決まっている人達、「自由主義史観」はこじつけを探し回る。
そもそも強制連行とは、なんのために日本が行なった政策なのか。
朝鮮に対する植民地支配の初期が「土地取り上げの時代」三一独立運動以降の1920年代が「米取り上げの時代」であったとすれば、「満州事変」以後、日本の敗戦までの時期は、朝鮮を全面的に日本の侵略戦争に奉仕させる基地にする、人の命まで取り上げる「人と命取り上げの時代」という状況だった。――
日本の労働力の不足を補うためのそれ以上の行為だ。「人と命の取り上げ」が強制連行だ。
多くの証言をみな捏造と説明したがる理由を見てみよう。
ホロコースト否定論者の論法はさまざまあるが、次のような決め付けがある。
「ユダヤ人によってもたらされる直接の証言はすべてうそか作り話である。」
「元「慰安婦」によってもたらされる直接の証言はすべてうそか作り話である。」
こうした包括否定が見え隠れしている。
元「慰安婦」たちが名乗り出たきっかけは<慰安婦は民間業者が連れ歩いたもので軍にはかかわりないこと>という日本政府の「嘘」にあったことなど一顧だにせず、彼女らの証言は「金めあて」の嘘であり、その背後には「国外の反日勢力」ことに「反日的日本人」の陰謀があると断定する。

一方、自説に有利な日本人の証言についてはまったく対照的な態度をとる。
かつて「朝鮮総督府の役人」だったという日本人が投稿してきて、「そういうこと(慰安婦の強制連行)は一切なかったし、聞いたこともない」と述べている。「ということは、つまり、そういう事実はなかったのです。」と。・・・
被害者の証言はまるごと「嘘」だと決め付けながら、加害者の証言はただちに受け入れ、「強制連行」は「ありません」とか、「事実によって否定されているのです」と断定する。(「被害者の証言はまるごと「嘘」だと決め付けながら」という論法。どこかで聞き覚えありませんか。)・・・
藤岡ら否定論者は、「強制連行」の意味を意図的に狭く限定し、物理的暴力を伴う「軍・官憲による強制連行」がなかったから慰安婦は性奴隷ではなかった、日本軍には責任がないと主張する。しかし、戦後すぐの1948年判決バタビア裁判やオランダ政府調査報告(1994年)などでは占領地でそうした狭義の強制連行があったことが確認されているし、軍を背景にした誘拐が内地でさえしばしばあったことを示す資料も存在する。韓国で名乗りを出た被害者の多く(約7割)は騙されて「慰安婦」にされたケースで、そうした就業詐欺や人身売買によって「売春を目的として」女性を連行することも、当時の刑法及び日本が加入していた国際条約によって違法であった。(当時の刑法及び国際法でも違法なのだ)
IJC(国際法律家委員会)調査報告(1994年)でも、国連人権委員会クマラスワミ報告(1996年)でも、ILO(国際労働機関)専門家委員会勧告(1996年)でも、問われているのは「慰安所」問題での強制的な性的奉仕、性奴隷状態であり、連行形態はさまざまであったことが共通の前提である。
「慰安婦」問題の本質は、それが日本軍による組織的な性暴力であったことにあるのであって、連行形態が狭義の強制連行であったかどうかにあるのではない。否定論者が「人狩りのような」強制連行に議論を限ろうとするのは、それを命じた軍の公文書がないことを理由に、被害者の証言を切って捨てようという戦略である。(本質的問題は日本軍による組織的な性暴力であったこと)(「人狩りのような」強制連行に議論を限ろうとする。これもどこかで聞き覚えがある。)(「強制連行の神話」などという本もこれと同類)

被告人が告訴人の訴状を無視して勝手に書いた訴状をもとに自らに無罪判決を下すようなものだ。

以上は以下の文献の大幅な引用加筆修正を施した。
以下参考文献、引用文献
「戦後責任論」講談社
「証言のポリティクス」未来社
「ナショナルヒストリーを超えて」東京大学出版会 高橋哲哉著
これだけは知っておきたい「日本と韓国・朝鮮の歴史」 高文研 中塚明著
「近代日本の朝鮮認識」研文出版 中塚明著
「朝鮮人強制連行の研究」明石書店 金英達著
「戦後補償」を考える 講談社現代新書 内田雅敏著
     「危ない教科書ノー」花伝社 俵義文著
Posted by 神田のヤッチャン at 2005年05月08日 22:32
つもろさんからコメントいただきましたが、不適切な表現がありましたので一部削除。
それ以外は以下に記します。

《つもろさんからのコメント》
>中国人強制連行は認めるが、朝鮮人の強制連行は認めない。
>その矛盾をいかに説明するのか。

矛盾でも何でもない。当時朝鮮は日本の一部であって、朝鮮人は日本人であった。法的に差はなかった。だから徴兵や徴用が義務として課されたのであって、全ての日本人が対象だった。朝鮮人が強制連行というのなら、当時徴兵や徴用された日本人全員が強制連行されたことになるわな。

>元「慰安婦」たちが名乗り出たきっかけは<慰安婦は民間業者が
>連れ歩いたもので軍にはかかわりないこと>という日本政府の「嘘」に
>あったことなど一顧だにせず、

「嘘」であったという客観的証拠を出してください。
元「慰安婦」たちの証言の嘘や勘違いはネットでも指摘されてますよ。その最たる例が金学順さんであって、彼女の証言からどうして日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたということができるのか説明してもらいたい。

>国連人権委員会クマラスワミ報告(1996年)でも、ILO(国際労働機関)専門家委員会勧告(1996年)でも、
クマラスワミ報告には、著者本人が「創作だった」と告白した吉田清治氏の著書が取り上げられてますな。さらに元慰安婦が1920年生まれで13歳の時に日本兵に拉致されたという証言が紹介されているが、1933年の朝鮮に軍専用の慰安所はなかったんですが。こういう最低限の事実確認もされていない証言を元に報告されてもね。
《つもろさんからのコメント終わり》
Posted by PPFV at 2005年05月09日 01:50
>矛盾でも何でもない。当時朝鮮は日本の一部であって、朝鮮人は日本人であった。法的に差はなかった。だから徴兵や徴用が義務として課されたのであって、全ての日本人が対象だった。朝鮮人が強制連行というのなら、当時徴兵や徴用された日本人全員が強制連行されたことになるわな。

「当時朝鮮は日本の一部であったから、強制連行ではない」とは、このような言葉遊びのような議論には『毛』ほどの意味を見出せません。
ある意味『当時徴兵や徴用された日本人全員も強制連行』と同等のことを強いられたとも言えるのですが。そういう視点が微塵もないのです。

以下、引用。
《引用始め》
慰安婦問題全体から言えば、強制連行の事は一部の問題です。最初は否定意見もあった慰安所の存在はもはや確定したし、政府や軍の関与もはっきりした。未成年の少女を騙して慰安婦にした非道性も否定する人は少ない。軍人が直接脅して慰安婦にした例も占領地では確認された。ここまでくれば個々の慰安婦の証言に裏付け証拠を要求してみても、いちゃもんに過ぎず、歴史事実としての認識には決着が付いたと思います。
それでも、朝鮮半島での強制連行に直接証拠がないかぎり強制は無かったことになるなどと言い張る人がいます。証拠がなければ「なし」になるのが論理だと言うのです。このような人たちは政治的意図から物事を論議しているために、歴史事実の認定が裁判の有罪無罪にすりかわってしまっているのです。
裁判は「多くの真犯人を取り逃がすほうが、1つの冤罪をつくるよりましだ」の原理に基づいて「証拠がないかぎり無罪」とする片寄った判断をします。歴史事実の認定はどちらが合理的に事実と思われるかを公平に判断します。歴史ではどのような事実も決定的な証拠が無いのが普通ですから、傍証を固めていって定説をつくりあげて行くのです。
日本軍は自由に証拠の隠滅が出来たし、慰安婦はその境遇から、記録を残せる立場になかった。決して自慢にならない忘れてしまいたい過去に関しては証言だって簡単には得られない。やっと重い口が開いたのは50年もたってからだった。こういった条件を抜きに議論すれば、終戦時に日本が行った記録の大量抹殺がまんまと成功することになります。慰安婦問題に限らず、朝鮮総督府関係の資料は徹底的な抹殺が行われています。記録が存在しないだけでなく、意図的な焼却が行われたこともはっきりしています。歴史の風化を許さず、全体的な目で起こった事実を見つめて行く事が大切なのではないでしょうか。
《引用終わり》

このような考えに大いに共感するものです。
同様の(もしくは近い)認識を共有する方々との情報交換がこのブログの主目的です。
議論は他でやってください。
Posted by PPFV at 2005年05月09日 02:19
>つもろさんからコメントいただきましたが、不適切な表現がありましたので一部削除。

不適切とは具体的にどこがどう不適切だったのかご説明願いたい。
コメントの削除・修正については、管理人の判断でやっていただくのはかまわないが、明確な理由を提示されたい。

名前ですか?では、こう書き換えれば済みますか?

>神田のヤッチャンさん
あなたは某掲示板でほとんど同じ書き込みをしたものの、反論されて完全に論破されてますな。既に論破された意見を書く前に某掲示板で反論した方が良いのでは?

削除された中に元慰安婦たちがキーセン出身であることも書いたはずだが、これも不適切?あなたが持ち出した金学順さん本人が1991年8月14日の記者会見で「生活が苦しくなった母親に14歳でキーセン置屋に売られ・・・」と語り、同年12月に東京地裁に提出した訴状にも書かれているんですが。

それと一番最後に書いていた文章も訂正しておく。

某掲示板であなたを完全に論破した方と同じく、データを示していただきたい。

>「当時朝鮮は日本の一部であったから、強制連行ではない」とは、
>このような言葉遊びのような議論には『毛』ほどの意味を見出せません。

言葉遊びではなく、歴史的事実。
それが嘘だと言うなら、客観的証拠・データを示していただきたい。

>ある意味『当時徴兵や徴用された日本人全員も強制連行』と同等のことを
>強いられたとも言えるのですが。そういう視点が微塵もないのです。

日本人と同等に強いられたということは、当時の日本人と朝鮮人が同等の権利を持ち、義務を負っていたということ。当時の朝鮮人は日本人だったわけだから当然。

>最初は否定意見もあった慰安所の存在はもはや確定したし、
>政府や軍の関与もはっきりした。未成年の少女を騙して慰安婦にした非道性も
>否定する人は少ない。軍人が直接脅して慰安婦にした例も占領地では確認された。
>ここまでくれば個々の慰安婦の証言に裏付け証拠を要求してみても、
>いちゃもんに過ぎず、歴史事実としての認識には決着が付いたと思います。

だからあれほど客観的な証拠を出してくださいと言ってるんですが。あなたがたが出した証拠とやらが何の証拠にもなっていないことは逐一反論している。

>このような人たちは政治的意図から物事を論議しているために、
>歴史事実の認定が裁判の有罪無罪にすりかわってしまっているのです。

歴史事実の認定に客観的証拠・データが必要だと言っているんですが。それとも正しい歴史を認定するのに、客観的証拠・データは不要とでも?

合理的な判断に客観的証拠が必要であることは当然のこと。嘘や勘違いで一貫性・信憑性がない証言だけでどうやって合理的な判断ができると言うんですか?

客観的証拠も提示できないのに、歴史的事実だと強行に認定する人たちこそ、何か政治的な意図をお持ちなのではないんですかね。

>こういった条件を抜きに議論すれば、終戦時に日本が行った記録の大量抹殺が
>まんまと成功することになります。慰安婦問題に限らず、朝鮮総督府関係の資料は
>徹底的な抹殺が行われています。記録が存在しないだけでなく、意図的な焼却が
>行われたこともはっきりしています。

政府や学者によって証拠探しはされているのに、証拠は発見されない。何年もかけて探して見つからないのだから「もともと存在していない」と考えるのが自然。仮に完全に証拠隠滅すべく全ての文書を処分できたとしても、当事者や目撃者の証言などを検証し、信憑性が高いとなれば証拠として採用もできるが、これまで証拠と言えるほど信憑性が高い証言など出ていないのが現実なんですよ。

と言うか、慰安婦問題の権威である吉見教授は慰安婦の徴収や慰安所設置に軍関与を示すとして文書を提示してますが、これだけ処分し忘れたわけですか?ちなみに、この文書は「強制連行や騙し、甘言によって慰安婦を集めるような業者に慰安所の設置を任せることは、日本軍の名を汚すものであるから其の選定には注意せよ」というもので、当時、強制連行だけでなく広義の強制をも軍が排除しようとしていたことを示すもの。

話は簡単です。客観的証拠・データを提示されたい。

>同様の(もしくは近い)認識を共有する方々との情報交換がこのブログの主目的です。
>議論は他でやってください。

ならば最初からオープンな形でのブログ運営はするべきではないですよ。会員制ブログなり、パスワード制限など、いくらでも方法はあるわけで、何の制限もせず、検索エンジンにも思いっきり引っかかる以上、こういう事態になるのは当然予測しておくべきかと。
Posted by つもろ at 2005年05月09日 19:49
お邪魔しまーす。
http://www.wfphr.org/index.html
女たちの戦争と平和資料館
この夏にオープンになるようですね。

http://www.wfphr.org/sub/intro.html
故 松井やよりさん「私の提案」
女性たちが過去の戦争を記憶・記録し未来の平和をつくる

こちらにリンクさせて頂きます。
Posted by milou at 2005年05月10日 01:26
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