2006年02月15日

ライブドア事件〜問題の本質は何か〜はぐらかされてはならない

ライブドア事件の問題の本質は以下のエントリーにあると思う。
ずっとそう思いつつ静観してきた。
『週刊文春』や『週刊新潮』のジャーナリズムとしての報道姿勢を評価する向きもあるが全く賛同できない。なぜならばその報道姿勢は以下の「本質的問題を見えにくくすること」に他ならないと思うからだ。それに「本質的問題を見えにくくすること」はこの2誌の政治的スタンスとすんなり整合する。
「野口氏殺害疑惑」が見逃せない問題であることは否定しないが、そのことが問題のすべてであるかのような表現は問題の本質を見誤る。決して「野口氏殺害疑惑」を軽んじて無視しているわけではないのである。

ライブドアの事件で思うこと(浅井基文のホームページ コラム2006/1/18)
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/file130.htm

今回の事件を単なる事件として終わらせないために必要なことは、私たちがこの事件から本質的な意味をくみ取ることだと思います。本質的な意味とは、市場原理主義を人間の尊厳の上に置いて恥じない日本の政治と経済をこれ以上許してはいけないということです。


内橋克人氏、ライブドア事件を語る(かわうそ実記2006/1/30)
http://kawausoblg.cocolog-nifty.com/index/2006/01/post_f32b.html

マネーや市場が主人ではなく人間が主体の社会でなければならない。連帯、参加、協同を原理とする『共生経済』『連帯経済』が今、中南米経済の再生の支柱になっている。一人の成功が他者の犠牲のうえになり立つカット・スロート・コンペティション(のど元をかき切る競争)の価値観を礼賛してはならない


《2006/2/15 9:00追記》
内橋克人氏の日本国民への重い警鐘「単に拝金主義を糾弾するだけでは第二、第三のライブドアは防げない」(阿修羅2006/2/14)
http://asyura2.com/0601/senkyo19/msg/647.html


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内橋克人氏、ライブドア事件を語る
Excerpt: 「読売」27日付の連続インタビュー企画「ライブドア事件を語る」で、経済評論家の内
Weblog: かわうそ実記
Tracked: 2006-02-15 00:40
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