2011年07月07日

「脱原発」で目の前の問題は解決するのか?

このような状況でなければ(原発事故後という意味ですね)、原発を取り巻く諸問題について語ることや評価すること、それはそれでまあそれなりに有意義なことでしょうけど。まずは被災地復興と福島原発事故収束を最優先にすべきと思う私にとっては、この状況でのそんな議論や呼びかけには基本なんだかなあな違和感を感じざるを得ません。
いわば、池に落ちて溺れている人を横目に、柵があれば良かったんだだの、やれ柵を作れの作らないの、水を抜いておけば良かっただの、自分の子どもが落ちたらどうするの!だの、いやいやいっそ池などなければいいのだ、そうだ「脱池」だ・・・で盛り上がってしまっている感じです。
残念ながら溺れている人を助けるための議論はあまり聞こえてきません。むしろ助ける邪魔をしているのではとさえ思えます。私は共産党支持ブロガーでも何でもありませんが、そういう場面での共産党の態度を評価していましたから、今回の状況には落胆を隠せません。その落胆は同様に多くの左派ブロガーに対しても感じるところでもあります。
脱原発の方向が本当にいいのかどうかの議論はひとまず置いておくにしても、現状の脱原発熱のあり様には非常に危ういものを感じています。
そもそも、脱原発の目標が200%達成され、たとえばすべての原発は明日から全廃!となったとして目前の問題は何かひとつでも解決されるのでしょうかね。


posted by PPFV at 19:55| パリ | Comment(5) | TrackBack(0) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
国会では、菅総理降ろし脱原発。
とにかくまずそれからだ!みたいな。
自民も公明も社民も共産もみんなでカーニバル。

今どこで誰が困ってるんだよって。
Posted by 木綿 at 2011年07月07日 22:10
日本中が被災地支援で盛り上がったのはいつのことだったか・・・。
東京の放射線量がどうだ、玄海原発がどうだ、ヤラセメールがどうだ、セシウム牛がどうだ、と話題はめまぐるしく変わるばかり。で東京の放射線量は落ち着いたんですかね。
Posted by PPFV at 2011年07月14日 20:45
浜岡原発を止めろとか、玄海原発の再稼動を認めるなとか、被災地復興と福島原発事故収束には全然関係ないですね。確かに。

「国民の苦難軽減のために献身する」こととも、関係ないかな。電気が自由に使えないという不便が増す訳ですからねぇ・・・。
どう言い訳しても「節電の苦難は甘受せよ」ということになってしまうんじゃないのか、と。
Posted by latter_autumn at 2011年07月15日 18:11
>どう言い訳しても「節電の苦難は甘受せよ」ということになってしまうんじゃないのか、と。

たしかに。おまけに左派の方が目の仇にする企業は労せずして経費削減の恩恵にあずかり、場合によっては便乗節電などという話も聞きますね。
Posted by PPFV at 2011年07月15日 20:17
まず被災者救済、福島原発の収束。
被災地の復興ためにはボランティアの力も必要だけどさぁ、日本中の土建屋さんを動かす為には予算がつかなきゃ。

今回の電力不足に本当に危機感持ってるんだけど。
脱、反原発の旗印の下に節電を強いるのはいかがかな?
節電被害者を出し、経済の衰退そこにいる企業は労働者はどうなるの?

あまりにも早計で、軽率な議論やってると思うな。国会で。
エネルギー政策問題は、経済活動と国民の命がかかっているんだから、もっと時間をかけて議論を尽くせって思う。

「国民の苦難軽減のために献身する」・・
うそつけ!
Posted by 木綿 at 2011年07月16日 16:21
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