2011年08月10日

「当事者」と「脱原発論者」のとてつもない距離

先日、わが家の近所でも「原水禁平和行進」なるものが通りかかり、こう訴えていました。
「G原発はいつ爆発してもおかしくありません。明日爆発するかもしれないのです。そうなれば○○町内にお住まいの皆さんもここに住み続けるわけにはいかないのです。云々」
うむ、そこまで危ないんであれば「平和行進」なんかやっている場合じゃないだろうと思わないでもありませんが、さて自身はどうしたものかと思って見たりもします。
この場合、原発被害の当事者になりうる(とおっしゃってます)私はどのように行動すべきか「脱原発派」の方々に是非アドバイスいただきたいものです。
期せずして「当事者」と「脱原発論者」のとてつもない距離を身をもって感じた一日でありました。



posted by PPFV at 20:24| パリ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
脱原発真理教の偉大なる預言者様ご一行をありがたく拝む者は(真理教的な意味で)救われるのでしょうな。

アナタハダツゲンパツヲシンジマスカ?

↓こんなのもありますし。

http://synodos.livedoor.biz/archives/1796844.html

「1週間以内に爆発する確率は何%ですか」とか
「1年以内に爆発する確率は何%ですか」とか
訊いてみたい。

1週間以内に爆発する確率が1%で一定だとすると、1年(52週)以内に爆発する確率は約41%。
1週間以内に爆発する確率が2%で一定だとすると、1年(52週)以内に爆発する確率は約65%。
Posted by latter_autumn at 2011年08月11日 18:30
latter_autumnさん、コメントありがとうございます。

まあ、ああいう声を聞いていると、あの人たちは私らにいったい何を訴えたいのかと思いますね。いったいどうしろと?
脱原発しか頭になく、脱原発すればすべて問題は解決するかのごとき暢気さや、その発言が誰かの首を絞めているという意識もない。あるいは異論に耳を傾けることもないし、脱原発後に思いを馳せることもない。政権交代の時に示した態度と変わるところはありません。そういう意味ではやはり脱原発真理教の名はふさわしいかもしれません。
Posted by PPFV at 2011年08月12日 23:13
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