2011年10月01日

「信じる」「信じない」というよりも・・・

「信じること」も当人だけで完結しているうちはともかく、娘の命を奪ってしまっては罪にもなります。あるいは「信じること」が被災地復興の妨げになったり謂れなき差別を助長することともなればそれは私から見れば当然批難の対象ともなります。
とはいえ、この問題の場合はそもそも「信じる」「信じない」というよりも事実認識の問題であるわけですが。

posted by PPFV at 00:57| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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