http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20060901/20060901_001.shtml
※太字は転載者による
戦争が終わって半世紀以上が過ぎたというのに、「戦争と戦後の意味」をめぐって世論が割れる。
しかもここ数年、世論の対立は険しくなっているような気がします。
この間、私たちは先の戦争の反省をどこまで歴史認識として深めてきたのだろうか。戦争と戦後を総括し、国民が広く共有できる歴史認識を形成する努力を怠ってきたのではないか。
小泉純一郎首相の終戦記念日の靖国神社参拝も加わって、ことしは例年以上にそんな思いが募った「8月」だったのではないでしょうか。
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その8月が終わり、9月が始まりました。といっても「戦争と戦後の意味」を考える日々が「8月」で終わるとは考えていません。
むしろ、9月の自民党総裁選から来年夏の参院選まで続く、長い「政治の季節」のなかで「戦争と戦後の意味」を問う機会は増えるはずです。
その最初の機会となる自民党総裁の選挙は8日に告示され、20日に開票されます。
既に麻生太郎外相と谷垣禎一財務相が立候補を表明し、安倍晋三官房長官もきょう正式に立候補表明します。
自民党は衆院で圧倒的多数、参院でも第一党です。その党首となる総裁はよほどの政変がない限り首相になる人物です。総裁選に投票できる党員でなくても、新首相がどんな政治を目指すのか、無関心ではいられません。
立候補を表明している3氏とも小泉内閣の現職閣僚です。首相になっても基本的には小泉政権の改革路線を継承することになるでしょうが、5年余の「小泉政治」で浮かび上がった矛盾をどう修正していくのか。それが問われることになるでしょう。
麻生さん、谷垣さん、安倍さん。それぞれに小泉政治を総括し、志高く「新たな国家づくり」に向けた政見を表明していますが、私たちが注目したいのは新首相の歴史観と憲法観です。
言い換えれば「戦争の意味」と「戦後の価値」をどうとらえるのかという歴史認識です。それが今後の日本の針路を方向づけ、私たちの「国のかたち」と「生き方」に大きくかかわってくると考えるからです。
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小泉さんは、それをほとんど体系的に語らずに去ろうとしています。
例えば靖国参拝の問題です。歴史認識を問われると「一国の指導者が国のために戦死された方々に哀悼の誠をささげるのは当然」。そのとおりでしょう。私たちもそう思います。しかし、これは一般論でのすり替えです。歴史認識への答えにはなっていません。
憲法の政教分離の原則との関係についても「信教の自由」とか「心の問題だ」と言い、個人の心情問題にすり替え続けました。しかし、小泉さんは首相です。憲法99条で「憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」立場にある人の発言としては、お粗末です。
首相の靖国参拝の是非が問われるのは、それが一国の指導者の歴史観や憲法観がからむ優れて政治的な問題だからにほかなりません。
旧日本軍が戦渦に巻き込んだ中国や韓国、アジアの国々から疑義や反発が出るのも、このためでしょう。
それを小泉さんは国民心情に訴える一般論でかわし、中国などの反発には「内政干渉だ」と、毅然(きぜん)と反論して参拝を続けました。これが、国民だれもが持つ素朴な感情であるナショナリズムを刺激し、国民の半数以上が拍手を送り参拝を支持しました。
しかし、残る半数近くは首相の靖国参拝に反対しています。世論は真っ二つ、「靖国」を歴史認識の問題として語らない首相のもとで、国民はいま引き裂かれた状態にあります。
憲法観が問われたイラク戦争への対応でも同じことが言えます。自衛隊を「戦地」へ派遣する際、憲法前文の国際協調主義の部分をつまみ食いして、平和主義や9条を素通りして派遣を政治決断しました。この間、自らの憲法観を語ることはありませんでした。
政治の最高責任者が歴史観や憲法観を示さないまま、国家がある方向に流れて行ってしまう。怖いことですが、ここ数年の憲法改正や靖国問題をめぐる世論の流れ、一部政治家や若者たちの間の偏狭なナショナリズムの台頭は、そんな危うさを感じさせます。
首相が歴史観や憲法観を語らなければ、論争もできません。議論や論争がないままの問答無用の政治決断や政策遂行では、不安がつきまといます。小泉政治の5年余がそうでした。
日米同盟もアジア外交も、社会保障や財政再建などの改革も、それがこの国をどこに導こうとしているのか。歴史観や憲法観に裏打ちされてこそ、是非が判断できるというものです。
私たちが新首相の歴史認識や憲法観に注目するのもそのためです。首相になった人にはまず存分に歴史観と憲法観を語ってもらいたい。少し早いかもしれませんが、注文しておきます。
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小泉政権が去り新しい政権が誕生する今月、「小泉政治」と「小泉後の政治」を考える社説をシリーズで随時掲載します。
=2006/09/01付 西日本新聞朝刊=