[AML 12526] 「赤旗」の浅野批判の誤謬について(AML2007/3/14)
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012090.html
う〜ん確かに誤りはあるようだ。
【2007/3/17追記】
「誤り」としたのは「誤り」だったようだ。
下記のブログでわかりやすく説明されている。
「浅野批判の誤謬」という誤謬(補充)(さるのつぶやき2007/3/15)
http://saru.txt-nifty.com/blog/2007/03/post_d7d8.html#comment-12484747
【追記おわり】
しかし↓ここまで反応するほどヒドいとも思えないが。むしろイジメられっ子にほんのちょっと反撃されて大げさに騒ぐイジメっ子の風情。いつになくしおらしく「なんですか?」口調だったり、いつもの(笑)がなかったり。まあ余談です。
浅野さんに対して、これはひどい、ひどすぎる。共産党って票のためなら誹謗・中傷、嘘もデタラメも平気なんですか?
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2007/03/post_abe5.html
いずれにしても、上記検証でわかるのは浅野氏の福祉に関する手腕は、ちまたでの評価ほどではなく良くても「月並み」だということだ。
で本題は上記の検証記事に付けられたレス。
AMLにしろ、阿修羅にしろ「浅野氏大合唱」の中、孤軍奮闘されている人がいることには救われる思いがする。
[AML 12553] 都知事選 大きな論点は君が代強制問題
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012117.html
みなさん共産党の動向にご執心なようで。
ぼくも興味がなくはありません。ただ、みなさんのように共産党の動向に対して、微に入り細をうがつような“検証”はしようとは思わない。なぜならそれはあくまで二次的な問題だから。選挙を目前に控えた今、限られた時間の中でそのような二次的な問題に拘泥するのは百害あって一利なしと思う。赤旗の記事に対して詳細な批判を行った投稿を、どうでもいいこととは思いながらも一応、読んでみた。一理はあるが、それがどうしたという感じである。人は拠って立つ立場によってさまざまな論理を展開するものであり、共産党がその気になればそれなりの反撃を試みるだろう。ちなみに言えば、共産党が浅野氏を攻撃するのは、赤旗の記事の信憑性云々は別にして、姿勢としては理解できる。だって、共産党は吉田氏を最良の候補として担いで選挙戦を戦っているのであり、であれば、共闘できないと踏んだ他の候補の票を減らし、結果として、より良い施政を期待できると考えて推している候補の票を増やすことを狙うのは当然だからである。
一方、われわれ一般の有権者にとって、限られた時間の中で肝心なことは、ズバリ、政策論争である。誰に投票するべきかである。なにが一番正しいのか。なにが一番、正解に近いのか、である。浅野氏と共産党との間に事前の話し合いがあったかなかったかということも、興味はなくもないが、結局は二次的な問題である。
さて、政策論争に関して、その具体的な論点が次第にはっきりしてきている。具体的な論点は非常に大事である。なぜなら、その奥に理念が見えるからあり、その理念から権力をとった後の施政方針をある程度予想できるからである。青島のように平気で公約を破る知事もいたことだから、本人の公約とは別に、当選後の新知事の行動を予想することは大事である。そこでこのところ論点に浮上してきているのが、君が代強制問題である。ぼくはこの問題が論点のひとつであることを早くから指摘したが、それが最近では、君が代強制に関する訴訟に関して新知事が断念するかどうかという論点で語られている。これは議論の発展であり歓迎する。
その意味で、
http://www.geocities.jp/ookaminami/zakki-new.html
の
「3月9日(金曜日) 浅野氏「控訴取り下げ」示す」
という記事は貴重である。浅野氏にこの点を質した大岡さんの姿勢を評価する。ただ、これに答えた浅野氏の答弁が、「質問」に対する迎合であるように想える。浅野氏は「質問」の裏にある“期待”を敏感に感じ取って、その期待に沿った答弁をしているという印象がぬぐえない。
浅野氏は初めから、選挙に勝つことだけを唯一最大の目標にしているというのがぼくの印象だ。当選するためには、彼は平気でうそをつくだろうと思う。
ちなみに、「ハートに火をつける会」が、浅野氏の出馬を決心させたという構図になっているが、「ハートに火をつける会」に火をつけたのはマスコミであり、浅野氏自身ではなかったか。つまり、それを待っていたのである。「都知事候補に出馬するかどうかで注目されている浅野氏…」というリードを最初につけたのはマスコミ自身、あるいは浅野氏自身であったろうと思う。マスコミが浅野氏を担ぐのは、石原から若手への差別政策の継承を望む潮流への迎合であろう。なぜ迎合するかといえば、そのような人物を作ることが視聴率稼ぎの基本だからである。それに気づかず、勝ち馬に乗りたい人々が、その知名度と、マスコミが作った改革派のイメージにうっかり乗せられて「ハートに火をつける会」を作ったというのが順序だろう。大岡氏の質問に対する浅野氏の答が単なる票目当ての迎合答弁であるとすれば、当選後の行動に期待はできない。
その点、吉田氏は君が代強制に、受動的でなく能動的にはっきり反対している。
http://www.manzo-y.jp/pledge/070214_plan.htm#to-3
受動的な発言と能動的な発言では雲泥の差がある。吉田氏も最初から君が代強制反対を打ち出していたのかどうか不明だが、現時点では浅野氏よりはかなり信頼できる。
この一点だけで現時点ではぼくは浅野氏より吉田氏を推したい。
ついでに言えば、「共産党アレルギーがあるから吉田氏は当選できない」という理由で、吉田氏に立候補断念を迫る輩に憤りさえ覚える。アレルギーというのは、理屈ぬきである。ただそれを排除するのみである。共産党アレルギーは正しいのか?正しいはずがない。このアレルギーは、天皇制を否定する共産党に対して、天皇制が仕掛けた罠であったし、現在もそうである(その共産党が、天皇制廃止を綱領からはずしたことは残念ではあるが…)。この共産党アレルギーは、差別と排除の論理である。それを「アレルギーがあるから」と既存の存在として認めてしまうことは、差別・排外政策を認めることである。肝心なのは、具体的な政策が正しいか否かである。アレルギー抜きで考えたなら、正しいほうを推すのが筋である。
とにかく、君が代問題ではっきりした差が出た。吉田氏は積極的に君が代強制反対であり、浅野氏は現時点での弁舌はともかく、当選後の行動は???である。むしろその将来像は「新右翼」と名づけてよいものになると想像さえする。僕の想像の裏には吉田氏と浅野氏のバックが絡んでいる。吉田氏のバックは共産党であり、浅野氏のバックはマスコミである。ぼくは必ずしも100%の共産党支持者ではないが、“マスコミ推薦”候補はごめんこうむりたい。したがって浅野氏には一日も早く知事候補から降りて、吉田氏を応援してもらいたい、といってもそれは無理だろうから、ただ降りるだけでいい。降りることで結果として吉田氏の票を増やしてほしい。ついでに言えば、最近は浅野氏の顔が「功利主義者」の顔に見えて、少々うんざりしていることも付け加えておく。また浅野氏支持の方々にはそのように仕向けてもらいたい。もしそれができないなら、左翼陣営の敵とみなされても仕方がないだろう。
深夜の周三
僕のブログへのリンクやコメントをありがとうございます。
この記事も面白いですね。引用されているAMLの投稿、また浅野よいしょの内容かなあと思って読み始めたら違いました。みなさんいろんなことを考えていられて感心してしまいます。
これからもよろしくお願いします。
この都知事選にからんでの議論(議論とはいえないものも多いですが)を見ていると本当に面白くもありますが、「左翼」とひとことで言っても色々だなあと。
でもこれを機会にして、より深くあるいはより冷静に考えておられる方を多く発見できたことは思わぬ収穫でした。
こちらこそどうぞ宜しくお願いします。