志位の「共産党と無党派が一緒になって」のフレーズにも笑ったが、「週刊金曜日」に激怒する共産党の滑稽。(雑談日記2007/3/23)
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2007/03/post_891a.html
ニュースで見た共産党の志位の「共産党と無党派が一緒になって」云々のフレーズには笑った。
この最初のフレーズ見てようやく気がついた。
普段こんなところ見もしないのだが(そもそもバナーぴこぴこのこんなドハデなページ会社じゃ見れない)、たまたまどっかで見たタイトルのリンクを無意識にクリックしてしまったのだ。
で、最初のフレーズが目に飛び込んだというわけ。もちろんあとは読んでない。まだそんな暇はないダンカイなので。
「共産党と無党派が一緒になって」・・・
何度も申し上げているが、私は無党派である。政策および実績で支持政党もしくは候補者を選ぶ。党派は問わない。現段階で最も信頼できるのは「共産党」だと思っている。ただそれだけ。もっと政策がすばらしく実績が伴う政党あるいは候補者が他にいればどこでもいい。「民主党」でも「社民党」でも「自民党」でも「公明党」でも「国民新党」でも「ほにゃらら党」でも何でもいい。それが「無党派」である。志位氏が言うところの、またsoba氏が嗤うところの「共産党と無党派が一緒になって」を少なくともここに一人体現している団塊の世代よりちょっと若いおっさんがいるのである。
さて、浅野支持派の方々がよく口にする言葉がある。「共産党は政策や実績は認めるけれども・・・・」「(陰の声)共産党じゃねぇ」、あるいはあからさまな「反共宣言」も多い。
これって、率直に言って「無党派」でもなんでもなくただの「反共党」ではないの?
何が何でも「ジミントー」、何はなくとも「コーメートー」とどこがどう違うのだ。
「「民主党」と「社民党」の支援を受けております「反共党」公認○○○○」とはっきり言いなはれ。
私もまた、今のところは共産党員でもなんでもないただの無党派ですが、いつも読ませてもらっていた幾つものリベラル系のブログの中で「石原憎し」という理由だけで、大した根拠もなく浅野氏を支持すべきだと言い出だすような方々が多いのにはたいへん失望しました。それだけに、PPFVさんや、花・髪切りのこれお・ぷてらさん、非国民通信さんのような方々の存在に救われています。
吉田・浅野両陣営のブロガーの皆さんには、相手の陣営に多少挑発されても、感情的にならないよう呼びかけます。相手陣営のそういう動きをことさらにとりあげるのもやめましょう。相手に「そういうことをやめろ!」と要求(応酬)するのは、経験的に言ってもだいたい良い結果をもたらしません。簡単なことです。自分がしなければそれで良いのです。見る人はちゃんと見ています。結局は自陣営にとっても、それが最良の結果をもたらします。
石原支持派のブログを見ますと、「左翼側は二つに割れて激しく醜い内紛を重ねている。今回は危ないと思っていたが、これでどうやら大丈夫と胸をなでおろしている」などと書かれていました。こんなこと言われて悔しくないのですか?
「いや、それは相手が悪くて我が方は全面的に正しいのだ」なんて、市民が聞いたらよけいに幻滅されるだけだと知るべきです。
私は自身のブログを持っていません。そのため、携帯からのアクセスで、失礼致します。『万三さんの掲示板』によく参戦している者ですが、私はあなたの見解に賛成です。私は非共産党員で市民運動出身ですが、都知事選勝利をプロデュースし損なった『東京。をプロデュース2007』のトンチキ振りを、掲示板で叩いております。候補者=玉の良し悪しすらまともな判断が出来ない、政党や労働組合との相互信頼とはどうあるべきかを真摯に考えない手合いですから、民主党都連や連合東京もさぞ疲れることでしょう。
今後とも、現在の論調を貫かれます様に。期待しています。
でも今回のは、PPFVさんにとっても気分よくないかも。
soba氏の態度については以前より問題だなあと思っていますが、他の浅野氏支持者の方々に多く見られるような、反共(反共とはいわずとも何となく共産党はねぇ的な)思想が根底にある点においては、その現象が極端に現れた方に過ぎないように思います。右派の方ならいざしらず左派でさえこれほど(意識するしないにかかわらず)反共という考え方が染み付いていることに今更ながら驚いています。それでもそういった意見に異議を唱える方々も少なからずおられますし、青の雑記帳さんのようなコメントをいただくとこちらこそ救われた気持ちになります。
どうぞ今後とも宜しくお願いします。
ヒートアップしているつもりはありませんが、一貫して「反石原」という立場には変わりありませんし、残念ながらご指摘のように「反浅野」という立場にも立っております。これは出馬要請の動きが出てきた時点からの立場ですので「転向」ではありません。言わせていただければ浅野支持者の方々は浅野氏を担ぎ出した時点から「反吉田」なのです。何故吉田氏ではだめなのでしょうか。私たちの望む政策の実現が最も期待できる候補を真っ先にパスしてしまう原因は一体何なのでしょうか。いわゆる「共産党では当選できないだろうなあ」と無条件に思ってしまうことも含めて「反共思想(反共趣味あるいは志向と言ったほうが適切かもしれない)」そのものなのではないでしょうか?リベラルな方のブログを拝見してもそのような方が多くおられることは今までも十分察しがつくものでありましたが、今回の件で全く予期せぬ方がそうであったりして大いに落胆したものです。その後、浅野氏出馬に到る経緯あるいはその後の浅野氏支持者の言動からさらにその意を強くしていますし、このまま浅野氏当選ということになっても手放しでは喜べない、むしろ大いに禍根を残すことになるのではないかと思っています。右派に染み付いた反共思想は致し方ないとして、左派にさえ染み付いた反共趣味は大いに問題です。いや左派の躍進を阻害しているのはまさにソレかもしれない。わざわざ浅野氏を担がなければならなかった理由はソレ以外にあるでしょうか。
しかしながら、そういう状況でさえ吉田氏は着実に支持を増やしていることも無視するわけにはいかないのです。
妙な反共趣味は左派全体を弱体化させこそすれ力にはなりません。
>吉田・浅野両陣営のブロガーの皆さんには、相手の陣営に多少挑発されても、感情的にならないよう呼びかけます。
是非、呼びかけてください。soba氏には呼びかけられましたか?
ただ、私は挑発に乗っているわけでも感情的になっているわけでもありません。soba氏という反共趣味左派の象徴的(サンプル的)存在にたいして、象徴的に批判しているに過ぎません。ホントは後ろに控える多くの反共趣味左派の方々に対して言っているつもりです。
>石原支持派のブログを見ますと、「左翼側は二つに割れて激しく醜い内紛を重ねている。今回は危ないと思っていたが、これでどうやら大丈夫と胸をなでおろしている」などと書かれていました。こんなこと言われて悔しくないのですか?
こういった議論が「醜い内紛」だという右派の見解に同意されますか?彼らが「今回は危ない」と思ったのは何故でしょうか?私に言わせれば「浅野氏を担いだ時点で彼らは胸をなでおろしてよかった」んです。悔しくないですか?
>「いや、それは相手が悪くて我が方は全面的に正しいのだ」なんて、市民が聞いたらよけいに幻滅されるだけだと知るべきです。
「いや、それは相手が悪くて我が方は全面的に正しいのだ」という言い方は乱暴です。失礼なことには「失礼だ」、おかしいと思うことには「おかしいのではないか?」と主張することが市民に幻滅されるのでしょうか。どのような政策を打ち出すかどうか、またどんな実績を携えているか、ろくに検証せずに候補を担ぎ上げ、冷静な批判に耳を傾けようともしない態度がはたして市民に幻滅されないとでもお思いなのでしょうか。
コメントいただきまことにありがとうございます。
聞けば「都政を大きく変えたい」と願う層の浅野氏の支持率は落ちているようです。
『東京。をプロデュース2007』の胡散臭さ、あるいは賛同者リストに胡散臭さを見る向きも多いのかもしれません。
もちろん今までの論調を変えるつもりもありませんし、変える理由もありません。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
>でも今回のは、PPFVさんにとっても気分よくないかも。
エントリー拝見しました。
側面援護とも側面攻撃とも取れるTBありがとうございました(笑)
エントリー前段、及び草加さんへの突っ込み一つ目の前半についてはほぼ同意。以降は同意出来かねる点が多々。というのは静流さんお察しのことでしょう(笑)
私が舐められてるかどうかは(?)ですが、まあどちらでもいいでしょう。
今後とも宜しく。
PPFVさんやこれお・ぷてらさんたちの奮闘に心から敬意を表すものでございます。
私自身は、といえばこの一連の論争からは一歩はなれてブログを書いています。何しろ立場などを鮮明にして書いているもので、政治戦の最中に下手な事を書けば銀のわっかを両手にはめる事になりかねません。また、あるコメンターとの紛糾に嫌気をさし「自分達のやっている政治の行動で、自分達の存在価値を認めさせるしかないな」と思い、行動している最中です。
皆さんの手伝いが出来ないのが心苦しい所ですが、現在は地元のKさん、東京ではYさんを何とか…と思っててんてこ舞いで動いています。4月9日には、一連の結果を受けて記事を制作する予定でいますのでそのときにはまたおじゃまします。
次に、石原支持の右派が危機感を持ったのは浅野さんが出馬表明した時点のことであり、胸をなでおろしたのは、志位さんの声明が発表された時点です。
お気を悪くなさるのは重々承知ですが、そのことは、たとえ不愉快でも認めるべきであると思います。
次に共産党の動きに苛立っているのは、私の見るところもともと左翼ではありません。反共(PPFVさんは反共産党のことをすべてこう呼ばれるようですが私は厳然と区別しています)は無党派ではないかのように書いておられますが、もともと無党派という言葉には雑多なものが含まれているのです。石原支持の無党派だっているでしょう?
無党派というのは、民主も社民も共産も、またその政策も、もとから支持していないのです。けど、政府や都政に不満をもって変えたいと思っている人はたくさんいます。石原都政を変えたいと切望している無党派が、共産の動きに不快感を持っても、それは責められないでしょう。「共産党支持になればいいのだ」では、市民への回答になっていないのです。
もし石原都政が継続されたら、君が代・日の丸で処分された人々の苦しみはどうなるのでしょうか?せっかく出た地裁判決も、控訴の上、高裁や最高裁で覆る危険も大きいと思います。さらに4年間、毎年多くの人々が処分され、心を踏みにじられ、苦しみを味わい続けるのです。私のとっての都知事選の争点は、石原氏によって苦しむ人々を救うことができるのか、それとも見殺しにするのかということであり、政党同士の駆け引きなど興味もありません。
たとえ命がけでも石原3選を阻止することことこそが問われていると考えて悲壮な気持ちでいます。「筋は通した」「今までより支持が広がった」などというのはセクト主義の一種だと思います。
長文になりそうですので、私の考えは以下をお読みください(方式の違いか、トラバができないのです)
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=346
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=348
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=350
左派が独自候補をたてべきるか、穏健保守を含めた反ファシズムの一翼を担うべきかは時々の判断であり、その基準は民衆の苦しみを救うための自己犠牲精神だと思います。今は反ファシズムの旗の元に強い危機感をもって結集すべき時だと思います。スペイン内戦におけるスターリンの過ちを繰り返してはなりません。
>反石原陣営が二つに割れて対立しており
>
その原因は、共産党都議団の石原批判をマスコミも取り上げるようになってチャンス到来とばかりに、先に反石原を鮮明にして立候補表明した吉田さんと一緒に闘うことを避け、むしろ押しのけようとする者たちが現れたからだったことを、まずはっきりさせておくことが大切だ。
>石原都政を変えたいと切望している無党派が、共産の動きに不快感を持っても、それは責められないでしょう。「共産党支持になればいいのだ」では、市民への回答になっていないのです。
>左派が独自候補をたてべきるか、穏健保守を含めた反ファシズムの一翼を担うべきかは時々の判断であり、その基準は民衆の苦しみを救うための自己犠牲精神だと思います。今は反ファシズムの旗の元に強い危機感をもって結集すべき時だと思います。スペイン内戦におけるスターリンの過ちを繰り返してはなりません。
>
「共産党支持になればいいのだ」など、共産党はもちろん吉田万三さんも、一言も言ってない。
「民衆の苦しみを救う」と言いつつ、宮城県政時代に浅野氏がやったことには、ほうかむり。
これらから、言ってないことを、さも言ったかのようにすり替えたり、事実を歪曲するのは典型的なニセ左翼の論法。
無党派を装って、純粋な意味での無党派を取り込もうというつもりだろうが、実態が思うように無党派層を取り込めていない焦りからか。
左翼とか左派という言葉を使うときは、もっと厳格に使っていただきたいものだ。人民の側に立って事実に基づいて判断し、人民のために行動するから左派であり左翼である。
事実を歪曲したり、論点を矮小化するのは左翼でも左派でもない。もちろん民衆の側に立つ者でもない。
まだこんなことを言う人がいたのですね。共産党を批判したら「反共」、非共産の無党派市民運動は「反共市民」、普通に出てくる素朴な疑問に対しては「矮小な論点のすりかえ」などと言う言葉を使って粘り強く説得することを放棄、これでは共産党の支持者にならなくては共産党と一緒に行動できないではありませんか?共産党は支持できないが、反石原、反安倍、反ファシズムのためには手を組むべきだとこちらは思っているのですよ。それこそが「人民のために行動するから左派であり左翼」だと私は思うのです。自派の主張を批判されたからと言って、それを人民内部で敵対矛盾にまで高めてはいけません。そういうのを「共産党の支持者になればいいのだ」という態度だと表現しているのです。
日本最大の共産党組織の一つである京都では、その「ニセ左翼」の大衆団体と共産党の大衆団体が共闘していますよ。これは正しい態度だと高く評価しています。
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=352
こういうのは欧州では今や普通の光景なのです。また、京都の城陽では、浅野さんがバリバリの革新にみえるくらいの保守派をかついで市政を奪取したこともありましたね。ああいうのを間近で見てましたから、東京の頑な態度には疑問がわきます。
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=205
京都の例を出すなら、なぜ情勢を切り開き最初に口火を切った吉田万三氏でまとまることができないのか。そのことが問われているにもかかわらず、まともな回答もせず、かえって反論にもならないような、まるで駄々をこねた子どものわめきのようなもの。
残念ながら、これ以上付き合うほど暇ではない。
仕事忙しく、本日は近親者の誕生日でPCに張り付くわけにもいきません。
生活が一番大切であることは当然です。
伊東さん、コメントありがとうございます。
実際の行動が最も大切であることは間違いありません。
私はか細い声を上げる程度のことしか今はできませんが、今後ともよろしくお願いします。
ニッパチさん、お忙しい中コメントまことにありがとうございます。
ニッパチさんのご指摘と同様の感想を持っております。
草加さんは私の問いには残念ながら殆どお答えされていません。
反共の定義などどうでもよいのです。反共趣味と申し上げたのはそういうことです。
>スペイン内戦におけるスターリンの過ちを繰り返してはなりません。
このような言い回しでその後議論がぱったり止まってしまったMLがありました。
気が向きましたらご紹介します。
これ以上、ここでPPFVさんにつきまとうのは「荒し行為」になると思います。もちろんPPFVさんはそれを許すだけの度量のある方だとは思いますが、お仲間で盛り上がっている所に水をさすのは本意ではありません。つきましては議論を継続されたい方は、私の先の投稿にありましたリンク先から、私のサイトにて続けさせていただきたいと思います。「逃げる」わけではなく、ふさわしい場所に移動してちゃんとお相手申し上げますので、よろしくお願いします。
まあ、PPFVさんも亀裂の拡大を本意となさる方ではないと信頼していますし、党派やその支持者の雰囲気というのはこんなものだと私はわかっていますので聞き流せますが、一般の反石原・非共産のブロガーはそうではありません。このままでは手を結ぶべき反石原の一般ブロガー達から、共産党は石原と同列におかれてしまうことを懸念します。というか、ほとんどそんな扱いで罵倒されていますが。
思うに前衛党は、反体制的な一般人の自然発生的な意識を罵倒しかえすのではなく、それを説得することこそが党派(前衛党)の役目であり、宿命だと思います。そういう意味では同じ批判でも、「プロレタリア執権(=私たちに権力をまかせてくれ)」と国民に要請している前衛党組織である共産党の主張を、権力を目指さない一般の勝手連的な人と同列(対等)には判断しておりません。
権力をまかせるからには、主張の正しさと同時に、反対者に対する「聞く耳」をもっていることが何よりも一番に大切です。極論すれば、超民主的な右翼(そんなものがいればですが)と、やや独善的な左翼なら、民主的な右翼に政権をまかせたほうが少しばかりマシだというのが私の感覚です。この感覚や判断基準に、誰かから文句を言われる筋合いはないと思っています。
最後に、以下は私の知り合いの掲示板に引用されていたものです。皮肉ではなく、大真面目に検討していただけませんでしょうか?
・・・以下引用・・・
マジで代々木は石原に打診しろよ。
『上告を取り下げを確約しろ、さもなくば吉田候補を辞退させるぞ!』と。
うまくいけば(要求を飲ませられれば)、党側は影響力が行使できて、しかも堂々と選挙戦を戦える。
石原側は続投が確定でき、教育での斉唱強制は抑制され、トータルで双方の利益になるだろ?
このまま勝ち目のない選挙に負けただけじゃ党の評価や威信がますます落ちるだけだぞ。
・・・以上引用・・・
というのは置いといて、「引用」には必要な要件があります。引用の引用であっても同様です。引用元の明示と、引用を踏まえての展開です。
「引用」するからには、そのあたりの尊重が必要だと思います(が余計なお世話だったらごめんなさい)
恐れ入りますが、「吉田万三HPご案内係」さんのご指摘のように、こちらは「共産党支持者のブログ」でも何でもありません。私のような者には「前衛党?のあり方」とか「代々木?」とか何だか良くわかりませんが、そういうコアな議論がなければわからないようなややこしい政治は願い下げです。というかそんな議論がなければ判断できないようなことで一般人はどうやって自ら良いと思う候補者を選ぶんでしょう。
私は、草加さんが言われるところの、まさに「一般人の自然発生的な意識」でもって、現在のところ共産党あるいは吉田万三氏の主張がもっとも腑に落ちると思っているわけです。心酔もしてないし偏見もありません。「党派のしがらみを受けない!」と無党派を標榜して出馬しながら、形勢不利と見るや「民主党」の支持を受けるという態度などは「むずかしい政治」の中の「戦略」とやらではありうる選択なのかもしれませんが私のような「一般人の自然発生的な意識」では「とんでもないクワセ野郎」という答えしか出てこないんですね、すみませんが。
「民主党」についても以下同文とさせていただきます。
>ここって「共産党支持者のブログ」だったんですか?(知らなかった!)
いやいや、そういうわけではありません。何度か申し上げてますが、共産党の主張に共感できるので良く取り上げますし応援もしますが、本来、党派は問いませんです。
他にも応援できるところが出てきて欲しいんですがね。