2011年08月22日

過激な「脱原発論」は結局「脱原発」への道を閉ざす

原発「時間かけ削減」74% 社会保障・復興で増税「反対」56%(毎日新聞2011/8/22)
http://mainichi.jp/select/seiji/yoron/news/20110822ddm001010051000c.html

 毎日新聞は20、21両日、全国世論調査を実施した。今後の原子力発電所のあり方について「時間をかけて減らすべきだ」との回答が74%に上り、「今すぐ廃止すべきだ」(11%)を大きく上回った。社会保障や東日本大震災の復興財源を消費税などの増税でまかなうことには「反対」が56%で、「賛成」は41%にとどまった。一方、菅内閣の支持率は7月の前回調査を4ポイント下回る15%で、不支持率は63%。内閣支持率は09年9月の民主党政権発足後、最低を記録した。


「時間をかけて減らすべきだ」との回答が74%とのことですから、冷静で賢明な判断じゃないでしょうか。まあ、大きく分ければ「脱原発派」になるのかもしれませんが、ネット上で多く見られるいわゆる「脱原発派」の方々とはどうやら一線を画すようです。過激な「脱原発論」は、結局「脱原発」への道を閉ざすことに貢献しているだけなんじゃないでしょうかね。

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2011年08月16日

再確認

どうも私について「原発推進派」と誤認されているおっちょこちょいな人がいるようなので再確認しておく。

まず、私は「脱原発派」である。
しかし、下記(拙ブログ2011/6/13)エントリーで述べているとおり、

被災地のために、今一番優先すべき行動は脱原発を訴えること?
http://ppfvblog.seesaa.net/article/209616280.html

「脱原発」については中長期的観点に立って冷静な議論が必要であるし、何より最優先すべきは被災地支援、原発事故の終息である・・・というのが私の考えである。
したがって、短期的には原発の安全性を高めるための議論も重要であると思うし、放射性物質あるいは放射線に対する過剰な反応は禁物であるし、それがために被災地にいわれのない差別をもたらしたり被災地復興の邪魔をするようなことは絶対にあってはならないと考える。
ましてやこの機に乗じて自らの政治主張を優先させるような態度には断じて同意できない。

ということですので、どうぞよろしく。

ちなみに元々共産党支持者ではありませんので「元共産党支持者」は正しくありませんし、そのようなことは実は瑣末な話であります。それよりむしろ左派(と思われる人)で今の脱原発論にはっきり異議を唱えているブロガーは他におひとりくらいしか見当たらないことのほうが驚きなのでありまして。

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2011年08月15日

数字だけが一人歩きされても困る

子どもの甲状腺から放射線検出(NHK2011/8/13)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110813/k10014892751000.html

↑こちらのニュース色々なところでとりあげられているようです。もちろん問題として取り上げられることに異論はありませんが、少なくとも下記↓に指摘されていることなど考慮の上、差別を助長されることのなきようお願いしたいところです。

小児甲状腺の被曝について 等価線量と実効線量の違い
http://togetter.com/li/174214

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2011年08月14日

科学的根拠に基づき・・・

送り火用被災松からセシウム 一転使用中止 京都市発表(朝日新聞2011/8/12) http://www.asahi.com/national/update/0812/OSK201108120098.html

京都の「五山送り火」で、東日本大震災の津波になぎ倒された岩手県陸前高田市の松でできた薪(まき)を燃やす計画で、京都市は12日、市が取り寄せた薪500本について放射能検査をした結果、放射性セシウムが検出されたと発表した。市は記者会見で「科学的根拠に基づき、誠に残念だが断念せざるを得ない」と説明。16日の五山送り火で燃やすことを中止するという。
 市によると、薪の表皮から1キログラムあたりセシウム137が588ベクレル、セシウム134が542ベクレルの放射性セシウムがそれぞれ検出されたという。


ということだそうですが・・・

がんの放射線治療──その3 放射性ヨウ素内用療法(team nakagawa2011/4/21)
http://tnakagawa.exblog.jp/15314393/

なお、I-131内用療法で使われる放射線の量ですが、甲状腺がんの治療では、3.7〜7.4 GBq(1 GBq=1,000,000,000 Bq=10億Bq)を投与しています。これは、福島第一原発で問題となっている、I-131の飲料水1kgの暫定規制値300 Bqと比べて1千万~2千万倍に相当します。(水の量で言えば、1万~2万トン!)バセドウ病でも、甲状腺がんの10分の1くらいの放射線量を使います。



こちらによると、甲状腺がんの放射線治療では放射線量にして3,700,000,000〜7,4000,000,000 Bq(ベクレル)ものヨウ素131を内服するらしいですね。
もっとも中川氏自身「医療被ばくにはメリットがある一方で、原発事故による被ばくにはメリットがありません。」と言われていることはその通りですが、それにしてもこの圧倒的な差を前にしてしまうと、今回の件に限らず「放射能検査」の結果に過敏に反応して多くの犠牲を強いたり差別を助長していてほんとにいいんだろうかと・・・つくづく思います。

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2011年08月12日

原発の安全性を高めるための議論が必要

脱原発肯定40%、否定47%=7割が「来年までに衆院選」−時事世論調査(時事通信2011/8/12)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201108/2011081200507&g=pol

時事通信が5〜8日に実施した世論調査によると、菅直人首相が訴えた「脱原発依存」社会を目指す考えについて「納得できない」が47.7%で、「納得できる」の40.2%を上回った。


 「脱原発依存」に納得できない理由(複数回答)は、「電力供給に不安が残る」が48.7%で最も多く、以下「再生可能エネルギーは未知の部分が多い」33.7%、「首相の個人的見解だから」33.4%、「経済に悪影響」31.2%の順だった。


脱原発はそれこそもう国民の総意であるかのような発言には少々うんざりしていましたが、脱原発に対する国民の意識はかなり冷静なようです。孫氏の再生エネルギー花火の打ち上げや、マスコミの反原発潮流(それも世論の大勢と見誤って擦り寄った結果なのでしょうが)にも関わらずこの結果ですから、事態が落ち着くにつれ世論がさらにどのように変化するかはおよそ予想がつこうというものです。
今、原発について声を上げるべきは安全性を高めるための具体的施策を強く求めていくことではないでしょうかね。

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2011年08月11日

余ってなかったら一体どうするつもりなのか

http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20110810
↑ こちらにあげられている「やはり電力余ってた(東京新聞)」という記事をもとに東電にだまされたと色んなところで(左派系を中心に)騒がれているようですが・・・

私は、余ってなかったら東北はどうなっていたかと胸をなでおろしています。

それに、たとえば
↓ こういうことは全く考慮されないようです。

電気の供給力確保に向けた取り組み(東京電力)
http://www.tepco.co.jp/torikumi/thermal/index-j.html

都合のいい結果だけを取り出して騒ぎ立てるのはいかがなものかと思いますけれども。

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2011年08月10日

「当事者」と「脱原発論者」のとてつもない距離

先日、わが家の近所でも「原水禁平和行進」なるものが通りかかり、こう訴えていました。
「G原発はいつ爆発してもおかしくありません。明日爆発するかもしれないのです。そうなれば○○町内にお住まいの皆さんもここに住み続けるわけにはいかないのです。云々」
うむ、そこまで危ないんであれば「平和行進」なんかやっている場合じゃないだろうと思わないでもありませんが、さて自身はどうしたものかと思って見たりもします。
この場合、原発被害の当事者になりうる(とおっしゃってます)私はどのように行動すべきか「脱原発派」の方々に是非アドバイスいただきたいものです。
期せずして「当事者」と「脱原発論者」のとてつもない距離を身をもって感じた一日でありました。

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2011年08月09日

文字通りの旗振り役だったのでは?

避難家族を支えよう/東京 集いで厳しい実情語る(しんぶん赤旗2011/8/8)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-08-08/2011080815_02_1.html

都内でスクールカウンセラーを務める臨床心理士の女性は、被災時のショックだけでなく、離れて暮らす家族、不安を抱える親の姿が子どもに大きなストレスを与えている、と話しました。



トヨタ 「振り替え休日も働け」/節電より もうけ優先か
土・日操業はやりすぎ(しんぶん赤旗2011/8/9)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-08-09/2011080903_01_1.html

いずれも当初から警告してきた人はいるんですがねぇ。赤旗はむしろ文字通りその旗振り役を演じたのではなかったんでしょうか?

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2011年08月08日

今の「反・脱原発運動」を象徴する1事例にすぎない

被災マツ、大文字使わず 「放射能不安」で一転(京都新聞2011/8/6)
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20110806000029

結局、放射線が検出されたかされなかったかなどということはこの際関係なく、何よりも「放射ノウ恐怖の緩和」を再優先しているということなのでしょう。たまたま目立ってしまったニュースですが、これと同様の言動や行動は今の「反・脱原発運動」においてごくごく普通に見られることですし、そもそも今この時期の「反・脱原発運動」の盛り上がりそのこと自体が、私にはこのニュースと見事に重なって見えてしまいます。

↓ 結果、被災地のこのような思いもすっかり忘れ去られてしまうわけですね。

津波被害の松を京都五山の送り火に(朝日新聞2011/7/5)
http://www.asahi.com/national/update/0705/OSK201107040187.html?ref=recc

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2011年08月06日

医者としてもどうですかね

twit20110805.jpg


http://twitter.com/#!/koike_akira/status/99445637053038592

軽口たたけるTwitterは○○発見器と評した人がいましたが、国政に携わった人とは思えない軽さですね。新たな発見です。この方のTwitter初めて見させていただきましたが、国政には戻っていただきたくないというのが率直な感想ですね。
医者としての評価としても、長崎大学には到底及びません。
↓これとか。
http://twitter.com/#!/koike_akira/status/94569140609744896

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2011年08月05日

「政治主張のほうが遥か上」なら・・・

スクリーンショット貼るのも忌々しいのでリンクだけにしておきますが、たとえばこんなひどいつぶやきは、同じ脱原発派の論客からも「原発推進派の陰謀ではないか」と揶揄される有様です。http://twitter.com/#!/yutaka444/status/99083393421148160
かといってこれがそう特別な事例かというとそんなこともなく、ある意味これに近いものは結構ありふれていて、私に言わせれば「左派を貶めるための右派の陰謀ではないのか」思いたいくらいですが、そんなわけはありませんよね。

で、本日貼るのはこちらのつぶやき。

twit20110804.jpg


http://twitter.com/#!/akoustam/status/99139265350479872

私も昨日同様の主旨のエントリー上げてますので、同感であることはいうまでもありません。残念ながら左派の庭だけを巡回している限りこんな論調にお目にかかることはあまりありません。そのこと自体がすでに大きな問題だと思うわけですが、この反原発気運を追い風に党勢の拡大を図ろうなどという思惑があるとすればそれは愚かしいことのように思えます。左派の庭を一歩出れば上記のつぶやきのような印象を肌で感じ取っている人たちは想像以上に多いものです。早急に「政治主張のほうが遥か上」などという誤解を解くべきですね。もっとも「政治主張のほうが遥か上」が誤解でもなんでもないのであれば、とっとと消え去ってくれてもいいのですけれど。

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2011年08月03日

NO MORE GLICO ?

とかくイデオロギーとやらは「NO MORE FUKUSHIMA」などという言葉を語りたがるのかもしれませんが、「NO MORE FUKUSHIMA」(またはそれに順ずる言葉)という言葉に違和感や嫌悪感を覚えるのはイデオロギーの問題ではないでしょう。被災地の方であればなおのこと。小難しい話などではないのですけどね。

だいいち言葉の使い方としてもおかしいんじゃないでしょうかね。私は怪人21面相を憎みます!「NO MORE GLICO」みたいな。「NO MORE GENPATSU」の方がすっきりと判りやすいと思いますけどね。

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2011年08月02日

当ブログにおけるブログリンクに関する考え方

当ブログのリンクについては随時追加・削除を行っていますが、時として本意でない憶測を招いたり、あるいは不愉快な思いをさせてしまったりしているようですので、お詫び方々、少し説明させていただきます。
基本的に多くのブログのリンクを網羅しようという気はさらさらなく、あくまで私なりのお勧めブログとしてリンクさせていただいていますので、あまり多くなり過ぎないように削除させていただくこともあります。
主張が変節してとても賛同できないと思えばもちろん削除させていただきますが、多くは政治情勢・社会情勢によるお勧めしたいブログの優先順位の変化によります。中には時間の経過とともに徐々に政治色を薄められるブログもあったりしますので(そのお気持ちはわたしも良くわかりますが)、その場合はこちらから配慮して(いるつもり)リンクを外させていただくこともあります。E氏の場合は今回これにあたると思ってしまったわけで他意はありません。不愉快な思いをさせてしまったようでまことに申し訳ありません。
したがって今回は「脱原発」を強く主張なさっている方々には一旦お引取り願って、「脱原発」に異議を唱えている方、あるいは「脱原発熱」が生活をどう翻弄しているのかを理解させてくれる方などのリンクを増やした次第です。被災地の状況が落ち着いた時にはまたリンクの内容は変わるかもしれません。私なりのバランスです。
自身そのようなスタンスですので、私自身はリンクをはずされることについて気にすることはしません。私のこの一連の主張によりブログ開始当初より長年リンクいただいていたブログの方も私のリンクを外されましたが、これも致し方ないものと思っています。

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2011年08月01日

問題は「被災地の復興への議論を見えなくしたこと」

twit20110801.jpg


http://twitter.com/#!/disneycruise200/status/97228337591746561

このつぶやき、孫氏に向けての批判なわけですが、多くの反・脱原発論者についても言えることだと私は思っています。
おまけに「原水禁大会」を福島で行うなど、いったいどんなセンスをしているのかとあきれます。被災地への思いなどカケラも感じられません。さらには相変わらずの「フクシマ」呼ばわりはあまりに無邪気すぎます。その言葉がどのように捉えられるかの想像力さえないのに、「子供の命を救え」などという言葉をいくら発しても、ただただ白々しく聞こえるだけです。

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2011年07月28日

政治闘争は平時にやれ

twit20110727.jpg

http://twitter.com/#!/Q_toshibo/status/86818415272144896

このつぶやき全くもっておっしゃる通りと思います。

Twitter、中にはこういう核心をついた目をみはる発言もあったりしてたいへん興味深いです。私が感じる「脱原発運動」に対する強烈な違和感の核心はまさにこの指摘の中にあるわけで、何もブーム的なものに対する嫌悪感というものなどではけっしてなく、問題は今、際優先になすべきことは何かということの圧倒的で絶望的な違いです。
私にとって「脱原発の達成」など今の段階ではどうでもよいことです。「脱原発の達成」が第一義になってしまっては、冗談でも何でもなく「被災地の不幸は好材料」となってしまうのは当然のことでしょうし、放射線リスクに対する安心材料を語ろうものなら御用学者のレッテルを貼り糾弾したくなるのも自然のなりゆきなのでしょう。ですが、左派と言われる人たち、長年原水爆については何だかんだと語ってこられたでしょうに、自ら被爆2世として放射線治療の第一線で長年やってきた人の心中を想像してみることさえできないというのはいかがなものでしょう。
あるいは、原発なくても電力足りるようにするためには節電も命がけの闘争になってしまうとか。
しかし、いったい何と闘おうというのか、この大変な時にそんな闘争などに付き合わされてはたまったものではないのです。被災地そっちのけの脱原発運動と思うのはまさにこういうありようを指すわけですが、そんな疑問を持つ左派の方はおられないんでしょうかね。

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2011年07月24日

結局「原発安全神話」も「原発恐怖神話」も嘘っぱち

原発反対運動を監視
科技庁(当時) 80年代後半に チェルノブイリ事故で世論警戒(しんぶん赤旗2011/7/20)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-07-20/2011072001_01_1.html

報告は「原子力反対運動の特徴」として、「従来」と「最近」の運動を比較します。「技術論、安全論などの理論中心↓感覚的、情緒的反対」「悲そうな使命感↓遊び感覚、お祭り気分」などと運動の変化を描いており、運動に参加する市民を見下す姿勢が反映しています。


科技庁の見立て、そうはずしているとは思いませんね。特に事故後はその傾向が顕著であると思います。更にいえば原発反対の声の中に差別的な耐え難い発言さえ横行している現状など、共産党はどう見ているのでしょう。
結局、このところの私の一連の記事は、被災者そっちのけの今の脱原発運動のありかたには賛同できないし、よって共産党の方針にも賛同できないという意見表明というだけのことなのですが、それをもって共産党支持者の分裂などと言う人もいて困惑します。賛同できるものはできる、できないものはできない、ただそれだけのことです。何度も言うように、そもそも私は共産党支持者でも共産党の構成員でもありませんので、「分裂」など言われても、むしろ共産党が迷惑するんじゃないでしょうか。

あ、それから私のことをただの天邪鬼と評した人もおいでのようで、失礼な話だとは思うのですけど、まあそれは全否定はしません。もしかして戦時中、戦争に反対した共産党も天邪鬼だったんでしょうかね。

もひとつ。3.11以降、私の考えの中で大きな変化があったことは確かです。結局、一番の発見は「原発安全神話」も嘘っぱちなら、さんざん聞かされてきた「原発恐怖神話」も嘘っぱちだったということなのですけれど。そして、そんな「神話」に振り回される人たちの苦悩に配慮できる人は、「神話」を語る人の中にはどうやらいないと言うことですね。

ちなみにセシウム藁の問題。結局、「脱原発を叫ぶ」より、また「浜岡を止める」よりもっと先にやるべきことがあったわけですが、国の無策を叩きこそすれ、そこから学ぼうという声は聞きません。
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2011年07月21日

自ら劣化されるのは、これいかんともしがたい

制服向上委員会がフジロック出演取りやめ、脱原発ソングが原因とブログで明かす
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110720-00000026-rbb-ent

まあこのニュース、原発事故前であればそれなりに興味を引くニュースではありますが、今となっては、これ単純に「商売になる」と踏んだだけの話でしょう。それにしても「脱原発」ブームに乗ろうとは何とも浅はかです。芸能人の生き方として見てもやはり浅はかなことでありますね。

それに・・・

こういうニュースに喜んで飛びつくのもどうかと思いますが。ましてや今まで地道に活動して来た共産党員の方なんかが、こんなニュースを取り上げたりしてるのを見てると他人事ながら先行き心配になってしまいます。そんなことやってると信用を失いかねないのではないかと。
共産党に対するいわれのない誹謗・批判などに対しては、私もできる限りの反論や応援もしたいと思いますが、自ら劣化されるのは、これいかんともしがたいものです。ジャーナリズムの劣化など憂えている場合ではないでしょう。

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2011年07月16日

「人類平和」のために邁進する予言者か

たとえば、とあるメーリングリストにこんな投稿があります。

[CML 010724] 菅直人首相の脱原発発言を評価します
http://list.jca.apc.org/public/cml/2011-July/010593.html

菅直人首相の7.13記者会見「脱原発発言」
を高く評価する必要があります。
私たちは首相発言に安堵することなく、その実現を迫っていくことです。
これからは被曝者が次々と発症していくでしょう。
民主党の「直ちに健康に影響しません」と発言した枝野官房長官らも
速やかに反省しない限り、東電の幹部、中曽根元首相らと
同様原発犯罪者となります。
原発と核兵器の廃絶は人類社会にとって緊急な課題です。
ヒロシマ・ナガサキ・フクシマを体験した日本は国民の為、
世界の人々の為になす役割は非常に大きいです。


菅首相の「脱原発宣言」を評価すべきとは、方向性においても信憑性においてもどうかと思うのですが、それよりも気になるのは『これからは被爆者が次々と発症していくでしょう』と言ってしまう感性です。「人類社会」や「世界の人々」の心配はすれど、その言葉が被災地の人たちににどのように受け取られるかを心配することはないようですから、当然「人類社会」や「世界の人々」への心配も信憑性怪しいものですよね。もっとも「福島」をヒロシマ・ナガサキとともにすでに体験済みのこととして語ってしまうところに、何を最優先に考えているのか垣間見れるような気もするのですが。
人によってはそんな意識もなく、正しいと思う「脱原発」を熱く語るうちに、これと類似したようなことを語っていないでしょうかね。どうか一度立ち止まって考えてほしいと願うばかりです。
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2011年07月14日

脱原発論は被災地のためにあらず?

脱原発に関して「右翼と共闘するのってどうよ!」みたいな意見がありますが、こと、漠然とした不安を必要以上におそれて強硬な態度に出ることを趣向するという点においては、同じようなものじゃないでしょうかね。共闘するとかしないとかにかかわらず、向いている方向も動機も同じようなものです。
前に「今や、核武装論者も脱原発を訴える始末」と書いたことがありましたが、まあ、当人にとってみれば「北朝鮮も怖いし、放射能も怖い」という(マトモかどうかは別にして)もっともな一貫した話だったわけですね。結果マンガみたいな矛盾を抱えているわけですが、きっとその核武装論も「けっして爆発しなければ」の条件つきなのでしょう。
しかし、知ってか知らずか、そんな矛盾を抱えているのは右派の方だけに限った話ではないようで、放射線から身を守るためには、国民生活の多少の苦しみも是、被災地の苦しみよりも放射能の恐ろしさを伝えるが先、いっそ多少の差別もやむなしといった風情もあったりして閉口します。もっとも福島の状況が悪くなればなるほど反・脱原発派にとっては好材料なのだろうし、不幸な出来事あれば「原発さえなければ」と原発批判に使われこそすれ、その現状を救うべくどうしたらいいかという議論がされることはあまりありません。結局、自説を補強しようとすればするほど原発被災者の今後の展望を暗然と思わざるをえないような状況を作り出すわけですから、これもまた矛盾と言えば矛盾です。

こんなことでは左派の信頼性が問われるでしょうし、被災地支援に関する政府の無策ぶりを批判することもできないでしょう。

反・脱原発派のそんな状況を見るにつけ、とかく「御用学者」として叩かれまくっている山下氏の「大丈夫論」にも被災者支援の観点から一定の評価をしたくもなりますし、政府の「正直に発表したら国民パニック論」もまんざらデタラメでもなかったのでは・・・と思いたくもなりますね。

みたいなことをつらつら考えつつ、余談ながらこんな記事も。

「保守・右翼の脱原発宣言」鈴木邦夫−マガジン9
http://www.magazine9.jp/kunio/110622/

 4月14日(木)、チャンネル桜で原発、是か非かの大討論会があった。推進派の人達4人と反対の人4人の討論だ。反対派の一人として僕も出た。又、西尾幹二さんも出た。西尾さんは言う。「今まで日本には原発は絶対に必要だと思っていたし、マスコミに出て、そう主張してもきた。しかし、今回の事故で、それは間違っていたと分かった。今までのことを自己批判し、これからは反対派に回る」と言った。勇気のある態度だと思った。普通、学者なら、絶対に間違いを認めない。あれこれ理屈をつけて、ごまかす。西尾さんは偉いと思った。
 「右翼、保守派の人は間違っていたと思ったら、謝るし、考えを変える。これは立派なことだ。左翼には全くない」と、ある新聞記者が言っていた。


何とも内容のない話ですが、この西尾氏、記事を見る限り私にはただのおっちょこちょいにしか見えません。

だいたい世論が同じ方向に盛り上がってしまって、反対意見には耳を傾けようともしないとか、そもそも反対意見など言いづらい状況を醸し出してしまうとか、その結果ロクなことがないのは、何度となく経験していることなんですけど、そういうことには鈍感でチカラの入れどころを間違うところは相変わらず・・・でこのたびの反応なのでしょうが、これもまたある意味一貫した態度です。

左右問わず、そもそも脱原発論は被災地のためにあるものではないようです。
posted by PPFV at 20:21| パリ ☀| Comment(3) | TrackBack(1) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月07日

「脱原発」で目の前の問題は解決するのか?

このような状況でなければ(原発事故後という意味ですね)、原発を取り巻く諸問題について語ることや評価すること、それはそれでまあそれなりに有意義なことでしょうけど。まずは被災地復興と福島原発事故収束を最優先にすべきと思う私にとっては、この状況でのそんな議論や呼びかけには基本なんだかなあな違和感を感じざるを得ません。
いわば、池に落ちて溺れている人を横目に、柵があれば良かったんだだの、やれ柵を作れの作らないの、水を抜いておけば良かっただの、自分の子どもが落ちたらどうするの!だの、いやいやいっそ池などなければいいのだ、そうだ「脱池」だ・・・で盛り上がってしまっている感じです。
残念ながら溺れている人を助けるための議論はあまり聞こえてきません。むしろ助ける邪魔をしているのではとさえ思えます。私は共産党支持ブロガーでも何でもありませんが、そういう場面での共産党の態度を評価していましたから、今回の状況には落胆を隠せません。その落胆は同様に多くの左派ブロガーに対しても感じるところでもあります。
脱原発の方向が本当にいいのかどうかの議論はひとまず置いておくにしても、現状の脱原発熱のあり様には非常に危ういものを感じています。
そもそも、脱原発の目標が200%達成され、たとえばすべての原発は明日から全廃!となったとして目前の問題は何かひとつでも解決されるのでしょうかね。
posted by PPFV at 19:55| パリ | Comment(5) | TrackBack(0) | 不定期日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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